
冬の朝、登山口で車を降りると、体がこわばって脚がすぐに動かない。そのまま急な登りに入って、ふくらはぎが張ったり、膝に違和感が出たりしないか心配になったことはありませんか。準備運動を夏より長くやるべきなのか、どこまで着こんで歩き出せばよいのかも、迷いやすいところです。
結論を先に書きます。冬のウォームアップは、長くやるより「歩き出す直前にやる」ことを意識します。 温めた筋肉は、止まっているとすぐに冷めてしまうからです。車のそばで歩き出す直前に体を動かし、最初の15分ほどを目安に、ウォームアップの続きとしてゆっくり歩く。服は汗をかく前に、脱いだり前を開けたりして調整する。私自身は、準備運動の中身を夏と変えていません。
私は理学療法士(PT)として10年以上、リハビリの現場で運動の始め方を指導してきました。山は140座以上を歩き、雪のある冬の山も歩いています。この記事では、筋肉の温度と力の関係、ウォームアップとけがの研究、山での心臓のトラブルの調査をもとに、寒い朝の登り始めを整理します。読み終えるころには、次の冬山で「車を降りてから最初の15分」をどう過ごすかを決められるようになります。
寒い朝は、筋肉が冷えた状態で歩き出すことになる
寒さで筋肉の温度が下がると、とっさに出せる力が落ちます。冬の朝の登山口は、その状態に近いまま歩き出しやすい場面です。一方で、ほどほどの強さの運動なら寒さの影響は小さいと考えられ、差が出やすいのは「急に力を出す場面」です。

筋肉が冷えると、とっさの力が落ちる
温度と筋肉の働きを調べた研究をまとめた総説では、短い時間で力を出す運動の成績は、筋肉の温度が1℃上がるごとに2〜5%よくなると報告されています[2]。逆に言えば、冷えた筋肉では、それだけ力が出にくくなります。
寒冷下での運動を扱った別の総説でも、寒さにさらされると筋力や瞬発力が落ち、その主な原因は筋肉の温度の低下だとしています[1]。
これらは、筋肉が実際に冷えた条件での研究です。登山に当てはめると、大きな段差を一歩で上がる、足を滑らせかけて踏ん張る、といった場面にあたると私は考えています。冷えたまま歩き出してすぐの脚では、この「とっさの踏ん張り」が利きにくくなります。
ゆっくり歩く程度なら、寒さの影響は小さいと考えられる
筋肉の温度と運動の関係を論じた研究では、ほどほどの強さの運動では、筋肉が冷えていても、体がエネルギーを使う量(代謝の出力)は変わらなかったとされています[3]。一方で、全力を出すときの力は、筋肉の温度が下がるほど小さくなっていました。冷えた筋肉で、ほどほどの運動が保たれる理由は、まだ仮説の段階です。
この研究は筋力や歩き方そのものを調べたものではありません。それでも、寒い朝に避けたいのは「ゆっくり歩くこと」より「冷えたまま急に強い力を出すこと」だと考えられます。この区別が、あとで書く歩き始めのペースの考え方につながります。
冷えた腱は硬くなる
筋肉と骨をつなぐ腱(けん)も、冷えると硬くなります。若い女性20人の膝を30分間氷で冷やした研究では、膝のお皿の下にある腱(膝蓋腱)の硬さが約25%増えました[4]。
これは氷で直接冷やした実験で、冬の外気とは冷え方が違います。それでも、冷えた腱は伸び縮みの余裕が小さくなる、という方向は押さえておきたいところです。
冬のウォームアップは、車のそばで歩き出す直前にやる
冬のウォームアップは、時間を長くするより、歩き出す直前にやることを意識します。温めた筋肉は、止まっているとすぐに冷めてしまうからです。
ウォームアップでけがが減るかは、まだはっきりしない
ウォームアップでけがが減るかを調べたランダム化比較試験(くじ引きでグループを分けて比べる研究)をまとめた系統的レビューでは、質の高い5つの研究のうち、3つでけがが減り、2つでは差がありませんでした[7]。著者らは「勧めるにも、やめるにも根拠が足りない。ただし、けがが減る方向の結果のほうが多い」と結論しています。
このレビューはスポーツ全般を対象にしたもので、冬の登山前の短い準備運動でけがが減るかを確かめた研究ではありません。確かな予防法とまでは言えないのが実際です。それでも、筋肉が温まると力が出やすくなる仕組みははっきりしています[2][5]。数分でできて害も少ないので、冬にもやっておきたい準備です。
温めた筋肉は、止まると冷める
20分間の自転車こぎのあと、すねの筋肉の温度を1分ごとに測った研究があります。若い男性26人で調べたところ、筋肉の温度はウォームアップ中に1分あたり約0.1℃上がり、休むと同じ速さで下がりました[6]。
冬の登山口でありがちなのが、ウォームアップのあとにトイレの列に並ぶ、靴ひもやゲイター(スパッツ)を直す、仲間を待つ、といった待ち時間です。そのあいだに、せっかく上げた筋肉の温度が戻ってしまいます。

登山口の4種目は、冬も変えていない
準備運動の中身は、私は夏と変えていません。私が登山口でやっているのは、股関節回し・レッグスイング(脚を前後に振る)・浅いランジ(片脚を前に出して軽く腰を落とす)・足首回しの4種目で、合わせて2〜3分です。冬もこの内容は変えていません。
種目の詳しいやり方と、静的ストレッチ(止めて伸ばす方法)をどこまでやってよいかは、登山前後のストレッチにまとめています。
冬に気をつけたいのは、凍った駐車場や霜の降りた地面です。片脚で立つ種目は、車や柵など安定した支えに手をついて、滑らない場所で行ってください。
冬の歩き始めは「最初の15分」と「脱ぐタイミング」で決まる
冬の歩き始めは、最初の15分ほどを目安にウォームアップの続きと考えてゆっくり歩き、体が温まってきたら汗をかく前に服を調整します。準備運動の数分だけで、筋肉が十分に温まるわけではないからです。15分は研究で決まった時間ではないので、体の温まり方に合わせて長くも短くもしてください。

最初の15分は、ウォームアップの続き
ほどほどの強さの運動なら、筋肉が冷えていても影響は小さいと考えられます[3]。だからこそ、歩き始めは「会話ができるペース」で、急な段差を勢いで上がらないことが大切です。ゆっくり歩くこと自体が、筋肉を温める時間になります。
私も冬は、歩き出しのペースを控えめにして始めることが多いです。登りのペース配分の考え方は、登りの歩き方や登山の心拍数とペースで詳しく解説しています。
汗をかく前に、服を調整する
私は冬、十分に重ね着をした状態で歩き出し、体が温まってきてから脱ぐようにしています。歩き出しのペースを控えめにしているので、汗をかく前に脱ぐ余裕があります。
「少し寒いくらいで歩き出す」というやり方もあり、どちらが正解というものではありません。どちらを選ぶにしても、大切なのは汗で服を濡らさないことです。濡れた服は体の熱を奪い、休憩のたびに体を冷やします。汗と冷えの関係は、夏山の低体温症で詳しく解説しています。
着こむ服の組み合わせは、ミドルレイヤーの選び方とベースレイヤーの選び方にまとめています。手の冷えには登山用グローブの選び方も参考にしてください。
寒い朝の急な登りは、心臓にも負担がかかる
寒さと運動が重なると、心臓の仕事量はふだんより増えます。中高年の登山者や持病のある人にとって、冬の登り始めは筋肉よりも心臓に気を配りたい時間です。
寒さと運動が重なると、心臓の仕事量が増える
寒さと運動、心臓の病気の関係をまとめた総説では、寒い場所での運動は、同じ運動を快適な温度で行うときより心臓の仕事量を増やすことが多いとされています[8]。心臓の血管が狭くなっている人(冠動脈疾患)では、心臓への酸素の供給が減り、胸の痛みが早く出ることもあると報告されています。
山での突然死は、持病と「ふだん山を歩いていないこと」に関係していた
オーストリアで、山歩き中に突然死した35歳以上の男性179人と、比べるための登山者537人を調べた研究があります[9]。この研究では、山歩きで亡くなる人はおよそ年に10万人あたり4人で、その約半分が心臓の突然死でした。
突然死した人には、次のような特徴が多く見られました。
- 心筋梗塞の経験があった人:17%(比べたグループは0.9%)
- 脂質異常症(コレステロールが高い)があった人:54%(同20%)
- ふだんから山のスポーツをしていた人:31%(同58%)
同じ研究チームのその後の解析でも、山歩きの突然死では、心筋梗塞の経験・脂質異常症・糖尿病がリスクと関係していました。一方で、年に2週間を超えて山で活動していた人は、突然死のリスクが77%低いという結果でした[11]。どちらも、すでに起きたことをさかのぼって比べた研究なので、山に通えば突然死を防げると言い切れるわけではありません。
当てはまる人は、登り始めをとくに慎重に
山での突然死を扱った総説は、引き金になりやすい場面として、ふだんしない強い運動をした山行の初日・午前遅めの時間帯・長いあいだ食べず飲まずで動き続けることを挙げています[10]。どれも、自分で調整できる要素です。
久しぶりの山行や、持病のある人は、歩き始めをとくにゆっくりにし、こまめに飲んで食べながら登ってください。寒い朝はトイレを気にして水を控えがちですが、飲まずに登り続けることも引き金の1つに挙げられています。

まとめ:冬の朝は「直前に温めて、15分ゆっくり、汗をかく前に脱ぐ」
- 筋肉の温度が1℃上がるごとに、短い時間で力を出す運動の成績は2〜5%よくなる。寒い朝は、とっさの踏ん張りが利きにくい
- ほどほどの運動なら、筋肉が冷えていても影響は小さいと考えられる。避けたいのは冷えたまま急に強い力を出すこと
- ウォームアップでけがが減るかは、スポーツ全般の研究でもまだはっきりしない。冬の登山前の準備運動を確かめた研究はない
- 温めた筋肉は止まると冷める。準備運動は車のそばで、歩き出す直前の最後の支度にする。私は中身を夏と変えていない
- 最初の15分ほどを目安に会話ができるペースで歩き、ウォームアップの続きにする
- 服は汗をかく前に、脱いだり前を開けたりして調整する。汗で服を濡らさないことが大切
- 寒さと運動が重なると心臓の負担が増える。心筋梗塞の経験・脂質異常症・糖尿病がある人や、ふだん山を歩いていない人は、登り始めをとくに慎重にし、こまめに飲んで食べる。強い胸の痛みや冷や汗が出たら、待たずに119番
次の冬山では、車のそばで準備運動を最後にすませたら、最初の15分は景色を眺めるくらいのつもりで、ゆっくり歩き出してみてください。
参考文献
- Castellani JW, Tipton MJ, 2015. Cold Stress Effects on Exposure Tolerance and Exercise Performance. Comprehensive Physiology.
- Racinais S, Oksa J, 2010. Temperature and neuromuscular function. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports.
- Ferretti G, 1992. Cold and muscle performance. International Journal of Sports Medicine.
- Alegre LM, et al., 2016. Does knee joint cooling change in vivo patellar tendon mechanical properties? European Journal of Applied Physiology.
- McGowan CJ, et al., 2015. Warm-Up Strategies for Sport and Exercise: Mechanisms and Applications. Sports Medicine.
- Kapnia AK, et al., 2023. Impact of Warm-Up on Muscle Temperature and Athletic Performance. Research Quarterly for Exercise and Sport.
- Fradkin AJ, et al., 2006. Does warming up prevent injury in sport? The evidence from randomised controlled trials? Journal of Science and Medicine in Sport.
- Ikäheimo TM, 2018. Cardiovascular diseases, cold exposure and exercise. Temperature.
- Burtscher M, et al., 2007. Risk factor profile for sudden cardiac death during mountain hiking. International Journal of Sports Medicine.
- Burtscher M, 2017. Risk and Protective Factors for Sudden Cardiac Death During Leisure Activities in the Mountains: An Update. Heart, Lung and Circulation.
- Niebauer J, Burtscher M, 2021. Sudden Cardiac Death Risk in Downhill Skiers and Mountain Hikers and Specific Prevention Strategies. International Journal of Environmental Research and Public Health.