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「テント泊デビュー、どの山にすればいいんだろう」
装備一式をそろえた直後は、行きたい山が一気に増えます。私もそうでした。そして憧れだけで山域を選び、初テント泊で歩く距離ではないコースに踏み込みました。
結果は、2日目に26.9km・下り2,970mを歩き通し、下山が21時20分。日没後の樹林帯をヘッドライトで下ることになりました。
私は理学療法士(PT)として臨床経験10年以上、山は140座以上を歩いてきました。この記事は2020年8月、北アルプスの鷲羽岳・水晶岳をテント泊で歩いた記録です。絶景の話もしますが、主題はなぜ計画が崩れたのかのほうにあります。
無事に下山できたから記事にできているだけで、一歩間違えば違う結末でした。テント泊デビューを考えている人が、同じ失敗をしないで済むように書きます。
そもそも鷲羽岳・水晶岳はどんな山?──黒部源流の奥にある「遠さ」
鷲羽岳(2,924m)と水晶岳(2,986m)は、北アルプスの裏銀座と呼ばれるエリアにあります。ふたつをつなぐ稜線は黒部川の源流域にあたり、どこから入っても登山口から遠いのが最大の特徴です。
鷲羽岳は、鷲が翼を広げたような山容から名がついた山。水晶岳は黒っぽい山体で、周囲の緑の稜線と対比されていっそう際立って見えます。
PT視点|この山域が体にかけてくる負担
「遠い」という特徴は、そのまま体への負担の形を決めます。
- 重荷を背負う時間が長い:テント泊装備を担ぐ時間が2日間で20時間近く(コースタイム基準)。肩と腰にかかる負荷が累積する
- 下りの総量が大きい:私の行程では2日目だけで下り2,970m。太ももの前側(大腿四頭筋)がブレーキをかけ続ける時間が長く、下りの膝痛が出やすい条件がそろう
- 高山病と疲労が見分けにくい:稜線は2,900m前後。2,500mを超えれば高山病は起こりうる高さで、頭痛・吐き気・食欲低下が出たときに「疲れているだけ」と片づけやすい
- エスケープが少ない:途中でやめる選択肢が事実上ない。歩き切るしかない構造になっている
それでも私がこのエリアに惹かれる理由
北アルプスの中では比較的静かで、山そのものにじっくり向き合えるところです。人の多い稜線とは空気が違い、大自然の中に自分だけが放り込まれた感覚になります。
もうひとつは本の存在です。私は、「黒部の山賊」という山岳ノンフィクション書籍が大好きで、その舞台をいつか自分の足で歩きたいとずっと思っていました。80年ほど前、この源流域に分け入った人たちがいて、その延長線上にいまの登山環境がある。そう思いながら歩けるエリアは、そう多くありません。
そんな憧れの山域を、よりによってテント泊デビュー戦に選んでしまった。ここから先が、その記録です。
コースと行程|2日で44km、下り2,970mという中身
歩いたのは、新穂高温泉を起点に黒部源流域の奥まで入る往復ルートです。まず全体の位置関係から。

図で見ると素直な一本道に見えますが、この縦の距離が曲者でした。次に数字を出します。これが「初テント泊で歩く量なのか」を判断する材料になります。
| 距離 | 登り | 下り | |
|---|---|---|---|
| 1日目 | 17.5km | 1,984m | 529m |
| 2日目 | 26.9km | 1,470m | 2,970m |
| 合計 | 44.4km | 3,454m | 3,499m |
1日目|新穂高 → 三俣山荘(テント場)
| 時刻 | 地点 |
|---|---|
| 5:20 | 新穂高 出発 |
| 6:30 | わさび平小屋 |
| 10:50 | 鏡平山荘 |
| 13:50 | 双六小屋 |
| 17:00 | 三俣山荘(テント場) |
2日目|鷲羽岳・水晶岳 往復 → 新穂高へ下山
| 時刻 | 地点 |
|---|---|
| 3:00 | 三俣山荘 出発 |
| 4:10 | 鷲羽岳 |
| 6:10 | 水晶小屋 |
| 7:05 | 水晶岳 |
| 9:50 | 黒部川源流 |
| 10:30 | 三俣山荘(テント回収) |
| 12:00 | 三俣山荘 出発 |
| 15:00 | 双六小屋 |
| 17:40 | 鏡平山荘 |
| 21:20 | 新穂高 |
同行したのは、いつも一緒に登っている先輩です。西穂高岳で北アルプスデビューした日を一緒に歩いた人で、先輩もテント泊は未経験。この夏、ふたりそろってデビューすることにしました。
1日目|最初の1時間で、すでに遅れが始まっていた
5時20分、それまでに背負ったことのない重さのザックで新穂高を出発しました。

初めてのテント泊装備は、想像していたより重い。頭では分かっていたつもりでしたが、歩き出して10分で歩幅が縮みました。重さに体を慣らしながら樹林帯を進みます。
1時間ほどでわさび平小屋。目の前には澄んだ沢が流れていて、名前のとおりわさびが自生していてもおかしくない水でした(探しましたが見つけられず)。

小屋では沢水で冷やした野菜や果物が売られています。登山をしなくても、ここまで往復するだけで十分楽しめそうな場所でした。

わさび平から少し歩くと小池新道の登山口です。看板にはここから双六小屋まで5時間50分とありました。ここからが本番。

1時間弱登って振り返ると焼岳がよく見えました。それなりに標高を上げた実感はあるのに、行程はまだ4分の1も終わっていません。

秩父沢の激流を木の橋で越えます。この橋は夏季限定なので、時期によっては渡れません。

さらに2時間半ほど登って鏡平へ。ここで雲行きが怪しくなってきました。

せっかくの鏡池ですが、景色はお預けです。晴れていれば水面に槍ヶ岳が映り、逆さ槍が見られる場所でした。

鏡平山荘から1時間、弓折乗越を越えて登りっぱなしの区間がようやく終わると、ガスが抜けて青空が戻ってきました。

もう少し歩いたところで、突然視界が開けます。眼下に双六小屋、その向こうに鷲羽岳。

秘境の奥に絶景を見つけた気分でした。ただ、時刻は13時50分。コースタイムから、すでに約1時間の遅れが出ていました。
双六小屋での判断|「歩けると思う」をどう受け取るか
本当ならここでのんびりしたいところです。でも、日が高いうちにテント場へ着くには、一刻も早く出て、しかもペースを上げる必要がありました。
念のため、双六小屋に予約外で幕営できないか相談してみました。回答はNG。どうしてもというなら1張り分のみ、とのことでした。
先輩に確認すると、「時間はかかるけど三俣山荘まで歩けると思う」。この言葉を受けて、予定どおり進むことにしました。
本来は双六岳・三俣蓮華岳を経由する予定でしたが、計画を変更して巻道を選びました。少しでも時間を削るためです。

途中、双六岳の稜線に残雪が見えました。曇り空の白と残雪の白が重なって、山に横長の窓が開いているように見える不思議な景色でした。

三俣山荘のテント場|アーベントロートの鷲羽岳
17時、なんとか明るいうちに三俣山荘へ着きました。

山小屋としては遅い到着なので叱られる覚悟をしていましたが、裏銀座の小屋は寛容でした。ねぎらいの言葉をかけてもらえて、張り詰めていたものが少しほどけました。
日が落ちる前に急いで幕営。初めてのマイテントが山に立っているのを見て、それだけで報われた気分になりました。

そして、この一本。1日の疲れが吹き飛びました。

しばらくすると日が沈み、鷲羽岳がアーベントロート(夕焼けに山肌が赤く染まる現象)に染まっていきました。それを自分のテントから眺める。テント泊でしか手に入らない時間でした。

夜はテントの中でひとり、ナッツとウイスキーの時間を楽しみました。

2日目・深夜3時|鷲羽岳のご来光
まだ真っ暗なテント場を、ヘッドライトとアタックザックで出発しました。テントはデポしたまま。前日と比べると別人のように体が軽く、快調に鷲羽岳を登っていきます。
4時過ぎ、鷲羽岳の山頂に到着しました。

朝焼けを見るために早く出たのですが、身軽だったぶん想定より早く着いてしまい、日の出までの待ち時間が長くなりました。8月とはいえ北アルプスの山頂です。風が強く、レインウェアを羽織って岩陰に身を潜めて待ちました。
音が出ます。風の音がそのまま入っているので、音量を下げてから再生してください。
5時前、ようやく太陽が顔を出しました。風がやわらぎ、気温が上がってくる。朝が来ることのありがたみを、これほど体で感じる場面は街にはありません。

ひとつだけ心残りがあります。ご来光とこの先の行程に気を取られて、鷲羽池を見に行くのをすっかり忘れていました。後になって気づき、いまでも少し悔やんでいます。
ワリモ岳へ向かって少し進み、振り返ったところ。朝焼けに染まる鷲羽岳と、その奥に小さく槍ヶ岳が見えました。

数歩進むたびに何度も振り返ってしまう。そんな道でした。
水晶岳|裏銀座の大パノラマ
ひんやりした朝の空気の中を1時間ほど歩くと水晶小屋に着きます。そこからさらに登ると、黒っぽい山体の水晶岳が見えてきました。

30分ほどで山頂に到着です。

ここから見える景色が、この山行のすべてを持っていきました。
音が出ます。風の音がそのまま入っているので、音量を下げてから再生してください。
裏銀座の大パノラマ。秘境のようでもあり、楽園のようでもあり、RPGのフィールドに迷い込んだようでもある。この景色を自分の足で見に来られたことに、素直に感動しました。

「黒部の山賊」の舞台を歩く
7時40分、後ろ髪を引かれながら下山を開始しました。今日中にテントを回収して新穂高まで帰ることを思えば、長居はできません。
水晶小屋まで戻ると、ちょうど屋根に布団が干してあるところでした。

ここで少し話を脱線させてください。私がこのエリアに惹かれる理由の中心にある本の話です。
「黒部の山賊」は、戦後まもなく三俣山荘の所有権を得た伊藤正一さんが、自身の体験をつづった山岳ノンフィクションです。山賊が住み着いていると噂された小屋を再建するため、黒部源流域に踏み入っていく話。実際の山賊たちは山を知り尽くした豪傑で、登山文化の黎明期の空気が臨場感たっぷりに描かれています。現行版は『定本 黒部の山賊 アルプスの怪』(ヤマケイ文庫)で、山と溪谷社が山岳名著として復刊したものです。
その主な舞台が、今回テント場に選んだ三俣山荘でした。

そして水晶小屋は、本の中で建設にとてつもない苦労があったことが記されている小屋です。北アルプスの最奥に小屋が建っているという事実のありがたみが、読む前と後ではまったく違って見えます。
水晶小屋を後にして向かったのは、まさに物語の舞台そのもの、黒部源流です。
ワリモ岳を見上げる岩苔乗越(ワリモ北分岐)から谷を下り、沢沿いに進んでいきます。

谷を下った先に、黒部川水源地標がありました。

ここから立山まで広がる大自然の源流が始まっている。そう思うと、目の前の細い流れの見え方が変わりました。
下山|日没との競争と、遠くの雷鳴
テント場に戻って食事を摂り、休憩を取ると、今度は体が動き出しませんでした。前日からの疲労と朝の行動が、まとめてのしかかってきます。
不慣れなテント撤収にも時間がかかり、気づけば1時間半が経過していました。
振り返ると夏空に鷲羽岳がそびえ、赤い屋根の三俣山荘がそこにありました。山小屋という存在のありがたみを噛みしめて、一歩を踏み出します。

時間がないので、帰りも双六岳は諦めて巻道へ。

再び背負うテントの重みと疲労で、やはりペースは上がりません。コースタイムより30分ほど余計にかけて双六小屋に着いたのが15時。本来ならそろそろ下山している時間帯ですが、ここからまだコースタイムで5時間以上あります。
日没後の下山は覚悟のうえで、明るいうちになるべく小池新道を下り切る方針に切り替えました。
鏡平山荘を過ぎ、シシウドヶ原を過ぎたあたりで18時40分。真夏とはいえ、19時ごろの日没が迫って辺りが暗くなってきます。

19時を過ぎると完全に暗くなり、ヘッドライトの灯りを頼りにペースを落として慎重に下りました。

このとき、奥飛騨の温泉街の方角から雷鳴が聞こえてきました。手元で雨雲レーダーを確認したところ、幸い雷雲がこちらに差し掛かることはなさそうでした。
20時過ぎ、ようやく小池新道の登山口まで下りました。危険箇所は通過し切ったという安堵。雷鳴もやみ、最後まで気を抜かないよう樹林帯を足早に抜けます。
21時20分、新穂高に帰着。荷物を片付けて高山市内まで戻り、夕食を食べ、駐車場で仮眠を取ってから真夜中に帰路につきました。
何が計画を壊したのか|PT視点の3つの反省
ここは分けて考える必要があります。
当日の遅れそのものは、先輩のペースが上がらなかったことで起きました。正直に書けば、私ひとりの山行なら、この行程は計画どおりに歩けたと思います。
ただし、遅れが起きること自体は、計画の段階で織り込んでおくべきものでした。ふたりとも重荷での行動が初めてで、私は先輩の体力も技量もそれなりに把握していた。そのうえでこのコースを選び、余裕のない時間割を組んだのは私たち2人の判断です。当日の脚は先輩の問題でも、計画が破綻した責任は2人にあります。
グループ登山は、道迷いのリスクを下げ、アクシデントのときに対処できる人数が増えるという意味で安全性が上がります。一方で、体力・技量・体調という、自分では動かせない条件が計画に入り込む。だからこそ、グループの計画は「全員が想定どおり歩けたら成立する」ではなく、いちばん余力の少ない人が想定より遅れても成立する形にしておく必要がありました。
1. 重荷のペースを、ぶっつけ本番で見積もった
私たちのそれまでの参考ペースは、コースタイムを上回ることが多いものでした。だからテント泊装備でもコースタイムどおりには歩けるはずだと考えていました。
これが最大の誤りです。日帰り装備と10kg以上重い装備では、体の使い方そのものが変わります。重さが増えると一歩ごとの負荷が上がり、同じ心拍数で出せる速度が落ちる。その落ち幅は、実際に背負って歩いてみないと分かりません。
やるべきだったのは、街での練習でした。本番と同じ重さのザックで、階段や坂を1〜2時間歩く。肩と腰の当たり方、靴擦れ、そして重荷のときの自分の速度が、これだけでも見えてきます。
ただし、これで44kmを2日で歩ける保証にはなりません。街の1〜2時間で分かるのは装備との相性と初速だけです。本当の意味での準備は、近場での1泊テント泊でした。ペースの考え方は登山の呼吸とペース配分にまとめています。
2. デビュー戦に、テント場が遠い山域を選んだ
初めてのテント泊では、登山口からテント場が近い山域で経験を積むほうが安全です。
- 立山・雷鳥沢:室堂ターミナルから徒歩40分ほど。石畳の遊歩道を下っていく(帰りは登り返しになる点に注意)
- 八ヶ岳・赤岳鉱泉:美濃戸口から3時間ほど、美濃戸から2時間ほど。樹林帯の緩やかな道
いずれも行程やテント場の状況は年によって変わるので、行く前に各施設の公式情報を確認してください。こうした場所なら、テントの設営・撤収に手こずっても、翌日の行動に響きません。今回の私たちは、撤収に1時間半かかるという事実を、下山21時のコースで初めて知りました。順番が逆です。
3. 「遅れを取り戻す前提」の計画になっていた
双六小屋の時点で1時間の遅れが出た瞬間に、私たちの計画は「ここから巻き返す」という形に変わりました。これは危うい発想です。
疲労は時間とともに増えるので、後半になるほどペースは落ちるのが自然です。遅れは、放っておけば取り戻されるどころか広がっていきます。
余裕を持った計画とは、予備の時間をあらかじめ持っておくことです。コースタイムどおりに歩けたら早く着く、くらいの設計で組んでおけば、1時間の遅れは吸収できました。この考え方は、台風接近の富士山で撤退できなかった経験でも同じ形で現れています。
まとめ:テント泊デビューは「山」より先に「距離」を選ぶ
鷲羽岳・水晶岳のテント泊で持ち帰った教訓をまとめます。

- 重荷のペースは、街で一度測っておく。本番と同じ重さで階段や坂を1〜2時間。日帰り装備のペースは当てにならない
- デビュー戦は、登山口からテント場が近い山域で。立山・雷鳥沢や八ヶ岳・赤岳鉱泉なら、設営と撤収に手こずっても行程に響かない
- 遅れを取り戻す前提の計画を立てない。疲労で後半のペースは落ちる。予備時間は最初から持っておく
- グループでは、いちばん余力の少ない人のペースが計画の速度になる。「歩けると思う」ではなく、区間タイムで判断する
- ヘッドライトと予備電池は、日帰りでも必ず。今回は日没後2時間以上を灯り頼りに歩いた
書いてきたとおり、失敗だらけの山行でした。それでも、テント場から見たアーベントロートの鷲羽岳も、水晶岳から見た裏銀座のパノラマも、いまだに私の登山の中で上位に入る景色です。
この失敗のあと、私は装備と体を慣らしながらテント泊を重ねてきました。薬師岳を折立から1泊2日で歩いた記録や、初冬の燕岳でテント泊した記録も、あわせて計画の参考にしてください。
この山域の価値は本物です。だからこそ、行くなら万全の計画で行ってほしい。デビュー戦は近いテント場で経験を積んで、装備と体を自分のものにしてから、この稜線に来てください。そのほうが、同じ景色をずっといい状態で見られます。
こういう失敗を重ねていまの自分たちがありますが、それは無事に下山できたからです。先人の失敗は、経験しないで済ませられる。この記事がその材料になればうれしいです。