夏山でも起きる低体温症 雨と風の稜線で岩陰に身を縮める登山者 雨・風・汗で動けなくなる前の対策を理学療法士が解説 ヤマカルテ

8月の稜線で、雨とガスのなか歩いている。行動中は汗ばむくらいだったのに、休憩で立ち止まった途端に体が震えだした。そんな経験はありませんか。

はじめにお伝えしたいのは、夏山の低体温症は「寒い日」に起きるのではなく、「濡れて、風に当たって、疲れて止まった」ときに起きるということです。気温が10℃あっても、条件がそろえば数時間で歩けなくなります。

私は理学療法士(PT)として10年以上、体温や疲労が人の動きをどう変えるかを臨床で見てきました。これまで140座以上に登り、夏の稜線で日の出を待ちながら震えたことも、雨の日のテント設営で指先が動かなくなったこともあります。この記事では、2009年7月に8人が亡くなったトムラウシ山の事故報告書と、体温調節の研究をもとに、夏山で人が動けなくなる順番と、その手前で打てる手をまとめます。

夏山の低体温症は「濡れ・風・止まる」の3つで起きる

低体温症は、体の深部の温度が35℃を下回った状態です[1]。夏山でここまで下がる条件は、気温の低さではなく、濡れた体に風が当たり、熱を作る動きが止まることです。

夏山の低体温症は濡れ・風・止まるの3つで起きる 気温10℃でも3つがそろえば数時間で歩けなくなる ヤマカルテ

濡れると熱が逃げる速さが上がります。水は空気より熱を伝えやすく、さらに濡れた肌や服から水分が蒸発するときに熱を奪います。汗で濡れても、雨で濡れても、この点は同じです。そこに風が加わると、体の表面で温まった空気の層がはがされ、逃げる熱が一気に増えます。夏山の稜線は、この2つがそろいやすい場所です。

3つ目の「止まる」が、見落とされやすい条件です。歩いているあいだ、体は筋肉で熱を作り続けています。休憩や小屋待ち、ご来光待ちで立ち止まると、その熱が消えます。私が8月の鷲羽岳山頂で日の出を待ったときも、歩いているうちは平気だったのに、岩陰に座って10分もすると体が震えはじめました。あのときの様子は鷲羽岳・水晶岳のテント泊記録に書いています。

夏に起きる、という事実は海外の救助記録にも出てきます。スペインの山岳救助で外傷以外の医療救助164件を調べた研究では、原因の最多は低体温を含む環境要因で、典型的な例は夏にハイキング中の50代男性でした[2]。雪山の話ではありません。

トムラウシ山の事故は、風速15〜20m・気温6℃の夏山で起きた

2009年7月16日、北海道・トムラウシ山の縦走ツアーで、参加者とガイドあわせて8人が低体温症で亡くなりました[3]。日本山岳ガイド協会の事故調査報告書には、夏山で人が動けなくなる順番が、時刻つきで残されています。

その日の稜線は、朝6時から午後2時にかけて風速15〜20m/sの強風が続き、気温は約6℃まで下がっていたと報告書は推定しています[3]。前日からの雨で雨具や手袋は乾いておらず、パーティは濡れたまま朝5時30分に避難小屋を出発しました。

ここからの経過を、報告書の記述に沿って並べます。

時刻(推定)場所起きたこと
8時30分ごろ〜ロックガーデン男性客が足を空踏みしてふらつき、座り込む
10時ごろ北沼の渡渉点女性客が吐こうとしても何も出ない状態になり、奇声を発する。別の女性客は肩を借りて歩き、受け答えが遅い
10時30分ごろ北沼分岐「腕で押さえても止められない全身の震え」。震えのあとに強い眠気。叫びながら四つん這いになる人も
11時30分〜正午北沼分岐付近歩けなくなった人を含む一部が残り、本隊は分かれて下山
午後下山路本隊でも意味の通らない言葉、呂律が回らない、倒れる人が出る

出発から北沼までは通常のコースタイムの約2倍、5時間かかっていました[3]。報告書は、発症から死亡までを5人で2〜4時間以内、3人で6〜10時間半以内と推定しています。同時に、時刻の記録は不完全で正確ではないと明記しています。

ここから読み取りたいのは、最初の異変から歩けなくなる人が出るまでが3時間ほどだったことです。報告書は時刻の記録が不完全だと断っていますが、進み方の速さは伝わります。

トムラウシ山の事故の経過 5時30分出発 8時30分ふらつき 10時嘔吐 10時30分震えと眠気 11時30分〜正午に歩けない人が出る 最初の異変から約3時間 ヤマカルテ ふらつき、嘔吐、受け答えの遅れ、震え、眠気。どれも「疲れているだけ」に見える変化から始まっています。

報告書はもう1つ、行動の重さを数字で示しています。向かい風10m/sでは消費エネルギーが5割以上増え、15m/sでは約8割増と見込まれます[3]。風のなかを歩くことは、それ自体が体力を削る作業です。

疲れた体は、寒さに弱くなる

長時間の運動で疲労した体は、同じ寒さでも深部体温が下がりやすくなります。これが、夏山の低体温症を「寒さ」だけで説明できない理由です。

疲れた体は熱を逃がさない力を先に失う 男性13人・5℃の雨と風で6時間歩いた実験で疲労後は皮膚が温かいまま深部体温がより低下 ヤマカルテ

米陸軍の研究所で行われた実験があります。健康な男性13人が、気温5℃で雨(1時間に5.4cm)と風(5.4m/s)を受けながら、10分立って45分歩くサイクルを最大6時間繰り返しました[4]。服は歩き始めるたびに水で濡らされています。この歩行を、休養十分な日と、毎朝4時間の疲労運動を7日間続けるうちの3日目とで比べました。

結果、疲労後は6時間目の直腸温がより低く下がり、皮膚温は逆に高くなっていました。皮膚温が高いということは、皮膚の血管を締めて熱を体の中心に留める反応が鈍っていたということです[4]。震えの反応は保たれていました。つまり、疲れた体は熱を作る力より先に、熱を逃がさない力を失います。

同じ研究グループは、この現象を「ハイカーの低体温症」と呼び、長時間の重い活動と寒冷曝露が重なると、震えと血管収縮の両方が損なわれうると総説にまとめています[5]。仕組みはまだ完全には分かっていません。ただ、山で起きていることの説明としては十分です。

歩いているから温かいは止まると消える 疲れてペースが落ちる→筋肉が作る熱が減る→体温が下がりやすくなる→さらに動けなくなる悪循環 ヤマカルテ

私自身、夏山で雨のなかを1日行動したあと、テント場に着いてから指先が冷えて、ロープを結ぶ手が思うように動かなくなったことがあります。歩いているあいだは何ともなかったのに、設営で立ち止まった途端でした。テントに入って濡れた服を着替え、お湯を沸かして温かいものを飲み、食事を摂ってようやく戻りました。あれは、歩行で生まれる筋肉の熱を止めたことで起きた変化だったのだと、いまは分かります。

低体温症の段階|震えていても軽症とは限らない

低体温症は、深部体温と意識の状態で4段階に分けられます。野外医療の国際的なガイドライン(Wilderness Medical Society、2019年)の分類を、登山者が見て分かる形に直すと次のとおりです[1]

段階深部体温の目安意識震え自分のことができるか
寒冷ストレス(まだ低体温症ではない)35℃より上はっきりしているあるできる。飲食や着替えを自分でできる
軽症35〜32℃はっきりしているあるできない。ジッパーや靴ひもがうまく扱えない
中等症32〜28℃おかしい(受け答えが合わない、眠気、意味の通らない言葉)あることも、ないこともできない
重症28℃未満意識低下〜意識がない多くは乏しい、またはないできない

現場で温度計はありません。ガイドラインも、温度ではなく意識・震え・自分の世話ができるかで判断するよう勧めています[1]

ここで大事な注意が2つあります。

1つ目。震えがあるから軽症、とは言えません。 震えは32℃を下回っても続くことがあり、受け答えがおかしくなった人が震えていれば、それは中等症として扱います[1]。トムラウシ山でも、止まらない震えのあとに強い眠気が来た人がいました。

2つ目。震えていても、歩けて、自分で着替えや飲食ができる人は、まだ低体温症ではない可能性が高い。一方で、震えながら自分の世話ができなくなってきた人は低体温症と考えます。迷ったら、低体温症として扱うのがガイドラインの立場です[1]

低体温症の4段階 寒冷ストレス・軽症35〜32℃・中等症32〜28℃・重症28℃未満を意識・震え・自分の世話で見分ける 震えていても軽症とは限らない ヤマカルテ

震えが急に止まる、言葉が減る、まっすぐ歩けない、といった「進んだサイン」の見分け方は、雨予報の登山、行くかやめるかの中で詳しく書きました。ここでは、その手前の段階に集中します。

動けなくなる前にできる4つのこと

夏山の低体温症は、濡れる前・止まる前・空腹になる前に手を打つことで、危険を大きく下げられます。打つ手は4つです。

夏山の低体温症で動けなくなる前にできる4つのこと 濡れる前にレインウェアを着る・風を避ける・糖質を切らさない・止まる前に温める準備をする ヤマカルテ

① 濡れる前にレインウェアを着る

雨具は、濡れてから着ても遅い装備です。トムラウシ山のパーティは前日の雨で雨具も手袋も乾いておらず、濡れた状態で強風の稜線に出ました[3]

降り出しそうなら、稜線に出る前に着る。汗で中から濡らさないよう、着たらペースを少し落とす。雨具の中に乾いた層を1枚足せるよう、防寒着は雨具の下に着られる薄手のものを選びます。雨具そのものの選び方は登山レインウェアの選び方、汗で濡れたときの保温力の違いはベースレイヤーは化繊かメリノかにまとめています。

② 風を避ける

同じ気温でも、風に当たる場所と当たらない場所では、逃げる熱がまったく違います。休憩は風下の岩陰やハイマツの陰を選び、稜線上で長く立ち止まらない。報告書も、吹きさらしの北沼分岐で長く待機したことを、悪化させた要因の1つに挙げています[3]

私が鷲羽岳で日の出を待てたのは、レインウェアを羽織って岩陰に入ったからです。風を防ぐ層が1枚あるかどうかで、待てる時間が変わります。

③ 糖質を切らさない

震えにも歩行にも、糖質は欠かせない燃料です。血糖が下がると震えが弱まり[7]、熱を作れなくなります。寒いときほど、お腹が空く前に食べる必要があります。

低体温症を防ぐための決まった量があるわけではありません。行動食の一般的な目安は1時間あたり糖質30〜60gで、おにぎり1個が約40gです。食べ方の詳細は登山のシャリバテを防ぐ行動食に書きました。雨の日はザックを下ろすのが億劫になって補給が飛びやすいので、ポケットに入る行動食を出発前に用意しておきます。

④ 止まる時間を短くする、止まるなら温める準備をしてから

歩行が止まると熱源が消えます。休憩は短く、風のない場所で。長く止まるなら、止まる前に1枚着る。テント設営や小屋待ちのように止まる時間が読めるときは、先に手袋と防寒着を出しておきます。

そして4つの手を打っても、雨と風が強く、行程が長い日は「行かない」が正解になります。その線引きは雨予報の登山、行くかやめるかで扱いました。私自身が台風接近の富士山で判断を誤った話は、台風接近の富士山登山で撤退した失敗談に書いています。

仲間の様子がおかしいときの現場対処

仲間の受け答えがおかしい、まっすぐ歩けない、震えが止まらない。そのときにやることは、自分の安全を確保する・救助を要請する・風雨を遮って地面から離す・濡れた層を外す・体幹を温めるです。救助要請は保温と並行して、早い段階で行います。以下は野外医療ガイドラインの推奨に沿っています[1]

低体温症の仲間の様子がおかしいときやることの順番 自分の安全を確保→救助を要請→風雨を遮り地面から離す→濡れた層を外す→体幹を温める ヤマカルテ

通信できるうちに救助を要請する

受け答えが合わない、まっすぐ歩けない、自分で着替えや飲食ができない。このどれかが出ていれば、温めてから様子を見るのではなく、保温の準備と並行して救助を要請します。稜線から下るとスマホの電波が途切れることがあります。通じるうちに110番か119番へ、現在地・人数・症状を伝えてください。ガイドラインは、完全に覚醒し、震えていて、けががない軽症の人だけを「現場での対処で足りることがある」としています[1]。それ以外は医療機関へ運ぶ対象です。

風雨を遮って地面から離す

自分の安全を確保してから近づきます。ツェルトや岩陰に移し、地面には直接座らせず、マット、ザック、畳んだ衣類など厚みのあるものを敷いて断熱します。頭と首も覆います。

濡れた服は「守ってから」外す

冷えた体を寒風のなかでいきなり裸にしない、が原則です。まず風を遮り、地面から断熱してから、それが安全にできる状況なら濡れた層を脱がせて乾いた服を着せます[1]。意識がおかしい人を無理に脱がせると、冷やしたり転倒させたりする危険があります。脱がせられない状況なら、濡れた服の上からサバイバルシートやゴミ袋などの水を通さない層で包み、その外側に乾いた防寒着や寝袋を重ねます[1]

健康な人を対象にしたノルウェーの野外実験では、濡れた服を脱がせて包んだ場合、皮膚温が元に戻るまでの時間が平均12.5分、濡れたまま同じ包み方をした場合は28.1分でした[8]。風のない軽い寒さでの実験なので、山の条件はもっと厳しいはずです。濡れた服を着せたマネキンの実験でも、濡れた服を外すか水を通さない層を足すと、逃げる熱が19〜42%減っています[9]

温めるのは体幹、飲食は意識がはっきりしている人だけ

温めるなら、わきの下・胸・背中です。手足を直接温めるのは避けます。冷えた手足の血流が増えると、冷たい血液が体の中心に戻り、かえって深部体温が下がることがあるためです[1]。使い捨てカイロは体全体を温めるには熱量が足りず、やけどの危険もあるので、体幹の復温には使いません[1]

温かい飲み物と糖質を含む食べ物は、意識がはっきりしていて、震えていて、むせる心配がない人にだけ与えます[1]。受け答えがおかしい人に無理に飲ませてはいけません。

意識がおかしい人は、動かさず、横にして、救助を呼ぶ

受け答えが合わない、眠気が強い、意識がはっきりしない。この段階の人は、自分で温める力を失っています。立たせない、歩かせない、手足を無理に動かさない。横にして愛護的に扱い、保温しながら救助の到着を待ちます[1]。まだ要請していなければ、この時点で必ず要請します。急に立たせたり動かしたりすると、血圧が下がり、心臓の重い不整脈を起こす危険があるためです。

低体温症の仲間にやってはいけない4つ 手足を積極的に温める・意識がおかしい人に飲ませる・歩けば温まると歩かせる・体幹の復温を小さなカイロに頼る ヤマカルテ

意識がはっきりしていて、震えていて、けががない人なら、包んで温めて糖質を摂らせ、30分ほど様子を見ます。そのうえで、しっかり立てるなら、ゆっくり歩き始めてよい、というのがガイドラインの目安です[1]。それでも悪化するなら止めて、救助を呼びます。

保温に使うサバイバルシートは、手のひらサイズで軽い装備です。登山の救急セットの中身で、私が持ち歩いているものを紹介しています。

まとめ:夏山の低体温症は、止まったときに始まる

  • 夏山の低体温症は「寒さ」ではなく、濡れ・風・止まるの3つがそろったときに起きる
  • トムラウシ山の事故では、風速15〜20m・気温約6℃の稜線で、最初の異変から3時間ほどで歩けなくなる人が出た
  • 疲れた体は、熱を逃がさない力を先に失う。歩く筋肉の熱が減った瞬間から体温は下がりやすくなる
  • 震えがあっても軽症とは限らない。受け答えがおかしい人は中等症として扱う
  • 打つ手は4つ:濡れる前に着る・風を避ける・糖質を切らさない・止まる前に温める準備をする
  • 仲間の様子がおかしいときは、通信できるうちに救助を要請し、並行して風雨を遮る→地面から離す→濡れた層を外す→体幹を温める。意識がおかしい人は動かさない

稜線に出る前に1枚着て、ポケットに行動食を入れておく。それだけで、夏山の冷えは「震える前」で止められます。次の山行の前に、レインウェアの下に着る1枚と、ポケットの行動食を確かめてみてください。

参考文献

  1. Dow J, Giesbrecht GG, Danzl DF, et al. 2019. Wilderness Medical Society Clinical Practice Guidelines for the Out-of-Hospital Evaluation and Treatment of Accidental Hypothermia: 2019 Update. Wilderness & Environmental Medicine.
  2. Sierra Quintana E, Martínez Caballero CM, Batista Pardo SA, et al. 2017. Nontraumatic medical emergencies in mountain rescues. Emergencias.
  3. トムラウシ山遭難事故調査特別委員会(日本山岳ガイド協会). 2010. トムラウシ山遭難事故調査報告書. https://jfmga.jp/pdf/activityreport/トムラウシ山遭難事故調査報告書.pdf
  4. Castellani JW, Young AJ, Degroot DW, et al. 2001. Thermoregulation during cold exposure after several days of exhaustive exercise. Journal of Applied Physiology.
  5. Young AJ, Castellani JW. 2007. Exertional fatigue and cold exposure: mechanisms of hiker’s hypothermia. Applied Physiology, Nutrition, and Metabolism.
  6. Weber JM, Haman F. 2005. Fuel selection in shivering humans. Acta Physiologica Scandinavica.
  7. Young AJ, Castellani JW. 2001. Exertion-induced fatigue and thermoregulation in the cold. Comparative Biochemistry and Physiology Part A.
  8. Hagen LT, Brattebø G, Dipl-Math JA, et al. 2024. Effect of wet clothing removal on skin temperature in subjects exposed to cold and wrapped in a vapor barrier: a human, randomized, crossover field study. BMC Emergency Medicine.
  9. Henriksson O, Lundgren P, Kuklane K, et al. 2012. Protection against cold in prehospital care: evaporative heat loss reduction by wet clothing removal or the addition of a vapor barrier—a thermal manikin study. Prehospital and Disaster Medicine.