
槍ヶ岳に登りたい。でも上高地からの往復では物足りない——そう考えて西鎌尾根を調べると、たいてい「体力勝負のロングルート」と書かれています。実際どれくらいなのか、判断がつかないのではないでしょうか。
答えを先に書くと、2日で40.3km、累積の上りは3,422m。岩場が続く場所はほとんどありませんが、槍ヶ岳の穂先には鎖と梯子があり、そこへ至るまでにテント泊装備で2日間行動し続ける持久力が要ります。そのかわり西鎌尾根は、晴れていれば槍ヶ岳を長く望みながら歩ける縦走路です。歩くほど、憧れの頂が近づいてきます。
私は理学療法士(PT)として10年以上、体の使い方を見てきました。登頂は140座以上、テント泊は27泊。この記事では2021年10月にソロで歩いた1泊2日の記録を、行程の組み立てと、実際に体に起きたことを軸にまとめます。読み終えるころには、この縦走に必要な体力と日程のイメージがつかめるはずです。
そもそも双六岳・槍ヶ岳はどんな山?──天空の滑走路と、日本のマッターホルン
双六岳(すごろくだけ・2,860m)は、北アルプスの黒部源流域にある山です。山頂へ続く道は「天空の滑走路」と呼ばれています。広くなだらかな大地に、登山道が一本まっすぐ伸びている——その先に槍ヶ岳が立つ構図が、多くの登山者を引き寄せてきました。
槍ヶ岳(やりがたけ・3,180m)は説明のいらない山でしょう。鋭く尖った山頂は日本のマッターホルンと呼ばれ、登山をしない人にも名前が通じます。北アルプスのどの山頂からでも見分けがつくので、山に登るたびについ探してしまう存在です。
PT視点|この2日間で体にかかる負担
岩場の難所は槍ヶ岳の穂先に集中しています。ただし体にとっての本番は、そこへ至るまでの行程にあります。
- 上りの総量が大きい。累積の上りは3,422m。標高差ではなく、小さな上下の積み重ねが効いてきます
- テント泊装備の重さが、腰と肩に長時間かかり続ける。1日目は新穂高から双六小屋まで、6時間近く担ぎっぱなしになります
- 下りが一気に来る。2日目は槍ヶ岳から新穂高まで、標高差2,000m以上を半日で下ります
- 標高3,000m前後に長くいる。西鎌尾根はほぼ2,700m以上を歩き続ける稜線です
つまり、担ぐ力・上り続ける力・下りで脚を残す力の3つが同時に必要になります。加えて穂先の岩場、稜線の低温、悪天候のときに引き返す判断も欠かせません。体力だけで押し切れるコースではありません。
それでも私が双六岳から見る槍ヶ岳を一番美しいと思う理由
槍ヶ岳は、いろいろな山頂から見てきました。そのうえで、北穂高岳から大キレット越しに見る槍と並んで、双六岳の滑走路越しに見る槍が、私は一番美しいと思っています。
理由は構図です。手前に広くまっすぐな道があり、その延長線上に、あの尖った頂が置かれている。山が単体で立っているのではなく、自分が歩いてきた道の先にある。歩く人のための景色だと感じます。
槍ヶ岳のほうは、少し違う意味で特別でした。数々の山に登ってきたのに、天気やタイミングに恵まれず、登頂できないまま残っていた山だったからです。北アルプスのあちこちの山頂から眺めては、まだ行けていないと思ってきました。
この記事は、その滑走路と、ずっと未踏だった頂を、2日でつなげた記録です。
コースとプラン|新穂高起点・西鎌尾根経由の1泊2日
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 山・標高 | 双六岳 2,860m/槍ヶ岳 3,180m |
| エリア・起点 | 北アルプス/新穂高温泉(登山者用無料駐車場) |
| 総距離 | 40.3km |
| 累積標高 | 上り3,422m/下り3,421m |
| 標準コースタイム | 20時間12分 |
| 今回の行程 | 1泊2日・活動時間23時間13分(山頂での滞在を含む) |
| 泊まった場所 | 双六小屋テント場 |
| 核心部 | 槍ヶ岳の穂先(鎖と梯子)。ただし距離と累積標高のほうが本題 |
| アクセス注意 | 紅葉期の週末は駐車場が最大の関門。前夜着でも満車寸前 |
このプランを選んだ理由
双六岳は、前回この山域を歩いたときは時間の都合で巻いてしまい、その後2度計画しては台風で流れていた山でした。晴れ予報の週末に1泊2日が確保できたので、双六岳に登り、さらに西鎌尾根から未踏の槍ヶ岳までつなげる形にしました。
ソロだったことも大きいです。休憩も撤収も自分の裁量で決められるので、標準コースタイムより速い前提で組み、浮いた時間を山頂での滞在に回す——そういう歩き方ができます。
実際に歩いた行程
1日目(10月2日)
| 時刻 | 地点 |
|---|---|
| 4:30 | 新穂高センター 出発 |
| 5:20 | わさび平小屋 |
| 5:40 | 小池新道 登山口 |
| 8:10 | 鏡平山荘(8:40発) |
| 9:20 | 弓折乗越 |
| 10:25 | 双六小屋 着・テント設営(11:30発) |
| 12:10 | 双六岳(13:30発) |
| 14:00 | 三俣蓮華岳(14:40発) |
| 16:20 | 双六小屋 戻り |
2日目(10月3日)
| 時刻 | 地点 |
|---|---|
| 3:30 | 起床・朝食・テント撤収 |
| 5:00 | 双六小屋 出発 |
| 5:20 | 樅沢岳(ご来光待ち・6:10発) |
| 6:40 | 硫黄乗越 |
| 7:10 | 左俣岳 |
| 8:30 | 千丈沢乗越 |
| 9:30 | 槍ヶ岳山荘 |
| 9:50 | 槍ヶ岳 山頂(11:15発) |
| 12:10 | 槍ヶ岳山荘 出発 |
| 13:30 | 槍平小屋(13:50発) |
| 15:10 | 白出沢 |
| 16:10 | 新穂高センター 着 |
行程表を見ると分かりますが、山頂や小屋で止まっている時間が合わせて6時間ほどあります。双六岳で1時間20分、槍ヶ岳で1時間25分。歩いている時間そのものは標準コースタイムより短く、そのぶんを景色に使った形です。
どんな人向けのコースか
初心者向けではありません。2日で40kmを歩き、テント泊装備で3,400m分を登り返します。加えて槍ヶ岳の穂先には鎖と梯子があり、高度感のある場所を通過します。体力・岩場の通過・テント泊の経験・悪天候のときに引き返す判断が、いずれも必要になります。
必要な体力を数字で言い切ることはできません。同じ行程でも、荷物の重さや歩き方、その日の天候で消耗はまるで変わるからです。自分の現在地から逆算して準備を組み立てたいときは、目標の山を選ぶと必要なトレーニングが並ぶ登山トレーニング計画のプランナーを使ってみてください。
もうひとつ、テント泊装備での歩行を一度は経験しておくことを勧めます。私自身、テント泊デビューでロングコースを選んで手痛い目に遭いました(その記録は鷲羽岳・水晶岳のテント泊にまとめています)。
1日目|鏡平で、念願の逆さ槍に会う
金曜の夜に仕事を終え、そのまま高山へ向かいました。新穂高の深山荘前にある登山者用無料駐車場に着いたのが22時半ごろ。奇跡的に最後の1台分に滑り込めました。紅葉シーズンの週末は、駐車場が核心部と言っていいくらい混みます。
車中泊で休息を取り、4時過ぎに出発。ヘッドライトを点けて歩き出します。わさび平小屋まではぐんぐん進み、小池新道の入口あたりで空が白んできました。

空はまだ曇り。ここから標高を上げていきます。秩父沢は、水量が減る秋にしてはよく流れていました。シシウドヶ原まで来て、ようやく日が差してきます。

そして鏡平。木道の木立を抜けた瞬間、視界がぱっと開けて、槍穂高連峰と鏡池が現れました。
前回は行きも帰りもガスで、逆さ槍どころか槍の姿すら拝めませんでした。今回は大勝利です。

ガスが湧いては風に飛ばされていく。その動きが面白くて、タイムラプスを撮ってみました。
鏡池を後にして、鏡平山荘で休憩をとりました。ここは弓折岳の直下、箱庭のような場所にあり、いくつもの池塘に囲まれています。

テラスからは槍ヶ岳が正面に見えます。新穂高から双六小屋まで一気に登り切るのが難しい人には、中継地点の宿泊地としてちょうどいい位置です。
前回は時間がなくて立ち寄れなかったので、こちらも念願だったコーヒーフロートをいただきました。

火照った体に、バニラアイスの甘みとコーヒーの苦みが染みます。しかもプレートには槍ヶ岳が彫られていました。北アルプスが好きな人間としては、思わず笑みがこぼれます。

体力を回復させて、本日の宿泊地である双六小屋へ向かいます。

双六小屋へ|紅葉の稜線と、鷲羽岳が見えてくる
弓折岳への登りは、秋そのものでした。紅葉した木々の向こうに槍ヶ岳が見えるので、何度も足が止まります。

弓折中段まで登ると、さっきまでいた鏡池が眼下に見えました。こんな山奥に段々の平地があるという地形が、あらためて面白く感じられます。

弓折乗越まで来ると、再びガスが湧いて槍穂高は隠れてしまいました。笠ヶ岳の方向もガスが多く、頭がうっすら見える程度です。

それでもガスは部分的で、進む先には青空が広がっていました。ナナカマドの真っ赤な実が空に映えます。

双六南峰の谷間には、ダケカンバの黄色が絨毯のように敷き詰められていました。

さらに稜線を進むと、双六小屋と鷲羽岳がはっきり見えてきます。

受付を済ませ、双六池のほとりのテント場にテントを張りました。

設営後は小屋で昼食。五目ラーメンです。

双六岳|1時間粘って撮った、山行史上ベスト10の1枚
昼食後、荷物をテントに置いて軽身で双六岳へ向かいます。前回は時間がなく巻道で三俣山荘へ抜けたので、今回が初登頂です。

20分ほど登ると、ついに双六の大地に出ました。

広く開けた大地に、道がまっすぐ伸びている。これが天空の滑走路です。ところが振り返ると、本来そこにあるはずの槍ヶ岳が、ガスに包まれて影も形もありません。

山頂はあっという間でした。背後には薬師岳が控えています。

ぐるりと見渡すと、ちょうど槍穂高だけが雲に包まれた状態でした。
とりあえず、周囲の山を同定しながらのんびり過ごします。西から時計回りに、黒部五郎岳、薬師岳、三俣蓮華岳、剱岳、水晶岳、鷲羽岳、燕岳、大天井岳。北アルプスを代表する山が一望できました。

左上から順に、黒部五郎岳・薬師岳・三俣蓮華岳・剱岳。下段が水晶岳・鷲羽岳・燕岳・大天井岳です。
けれど、一番見たかったのは天空の滑走路越しの槍ヶ岳です。滑走路ははっきり見えているのに、その向こう側だけが晴れてこない。
本当は鷲羽岳まで往復しようかと考えていました。でも、せっかくなので山頂で粘ってみることにします。
その甲斐あって、1時間を過ぎたころ、ようやく槍が姿を見せてくれました。

自分の山行史上、ベスト10に入る1枚です。粘ってよかった。
三俣蓮華岳|憧れがいくつも見える場所
随分と時間が押したので、名残惜しさを感じつつ稜線を北上します。

30分ほど気持ちよく歩いて、三俣蓮華岳に到着しました。

同じ黒部源流域でも、少し場所が変わると見えるものが変わります。薬師岳の方向を見下ろすと、雲ノ平山荘がよく見えました。

いつか行ってみたいと思いながら、そのまま子育て期に入ってしまい、まだ行けずじまいです。行程が長く子連れには向かないので、実現はだいぶ先になりそうですが、いつか必ず行きたい場所です。
眼下には三俣山荘。前回テント泊をした場所です。

その奥には、湯俣へ続く伊藤新道が見えていました。これも時期を選ぶクラシックルートで、ハードルの高い憧れの道です。『黒部の山賊』を読んでから、その思いはさらに強くなりました(この本の話は鷲羽岳・水晶岳のテント泊に詳しく書いています)。
槍ヶ岳の方向を見ると、北鎌尾根と、その奥に常念岳。

有名バリエーションルートの北鎌尾根も、いつかガイドを雇って歩いてみたい道です。憧れがいくつも見える景色を前に、先々の山行へ思いを馳せていたら、30分以上が過ぎていました。日没が近いので折り返します。
テント場に戻ると、テントの数が随分と増えていました。紅葉シーズンの人気を実感します。

双六のテント場|宝石箱の夜と、満天の星
天気はすっかり崩れて曇り空。16時半の時点で気温は5℃まで下がっていました。おかげでテントの前室に置いておいた缶ビールが、ちょうど冷蔵庫くらいに冷えて飲みごろになっています。

少し早めの、とはいえ山の上では妥当な時間の夕食(パスタとシチュー)を済ませ、のんびり過ごします。
夜が更けて暗くなると、周囲のテントが明かりを灯し始めました。宝石箱の時間です。

この日の月の出は19時55分。月明かりに照らされる前に星空を楽しみたくて、少し夜更かしして暗くなるのを待ちました。
20時ごろ、テントを出て樅沢岳の登りにかかるあたりまで移動すると、頭上には満天の星が広がっていました。天の川の帯もはっきり見えます。笠ヶ岳の方向にはまだ街明かりが残っていました。おそらく高山の明かりでしょう。

樅沢岳の方向も同じように、街明かりと星空が重なって見えました。こちらはおそらく松本の明かりです。

星空を満喫して、翌朝に備えてテントに戻りました。
2日目・樅沢岳|モルゲンロートとご来光
3時半に起床。朝食(五目ご飯と味噌汁)を摂り、テントを撤収します。外気温はちょうど0℃。ひんやりした空気のなか、樅沢岳へ登り始めました。
20分ほどで山頂に到着。ここで日の出を待ちます。

夜明け前の稜線を眺めながら、カメラをセットして待機しました。

日の出前の朝焼けの時間が好きで、泊まりの山行では日の出時刻よりだいぶ余裕をもって目的地に着くようにしています。徐々に空が明るくなり、あたり一面が朝焼け色に染まっていきました。
そしてモルゲンロートの時間。西側の双六岳が真っ赤に染まりました。

東側には、ご来光と槍ヶ岳のシルエット。

前日の夕方の曇天が嘘のような、澄んだ空でした。
西鎌尾根|ずっと槍が見えている道
ご来光を見届けて、そのまま西鎌尾根を進みます。このルートの魅力は、晴れていれば槍ヶ岳をほぼずっと望みながら歩けることです。進むほどに近づいていくので、ワクワクが途切れません。

夏の終わりと秋の入り口が同居する時期で、チングルマの綿毛がちらほら残っていました。

足元には霜柱がたくさん。

霜柱を踏んだときの感触と音が好きで、見つけるとつい踏んで遊んでしまいます。
途中ですれ違った方に、バックショットを撮っていただきました。

気持ちよすぎてのんびり歩いたので時間はかかりましたが、景色に見惚れているうちに槍ヶ岳の肩へ到達していました。

槍ヶ岳|見る側から、立つ側へ
槍ヶ岳山荘に荷物を置いて軽身になります。ここから山頂までは、渋滞さえなければあっという間です。
紅葉シーズンで多くの人が涸沢に流れていたおかげか、この日は人が少なく、鎖も梯子も渋滞なしで登れました。

そして、ついに登頂です。

槍ヶ岳は、なぜか登れないまま残っていた山でした。もっと難しい山にも登ってきたのに、天気やタイミングが合わず、この日が初めて。北アルプスの数々の山頂からいろいろな角度で眺めてきた頂に、ようやく立てました。
そして、今まで様々な山頂から見てきたということは、ここからその山頂が見えるということでもあります。
まずは穂高連峰。

右のほうにジャンダルムと馬の背が見えます。あそこから槍ヶ岳を見た日のことを思い出しました。
遙か遠方には、富士山と南アルプス。

日本の標高ベスト3はすべて登頂済みで、そのいずれの山頂からも遠くに槍ヶ岳を見てきました。今度は逆側から眺めていることになります。
手近なところでは、鷲羽岳、水晶岳、蝶ヶ岳、常念岳、大天井岳、燕岳。登頂済みの山頂がいくつも見えます。遠くには旭岳や白馬岳も見えました。こちらは未踏で、いずれ行きたい山です。

見下ろす槍ヶ岳山荘はとても大きく見えました。こんな高所にこれだけしっかりした小屋があることのありがたさと、槍の人気がうかがえます。

こちらは小槍。アルプス一万尺の歌でおなじみのピークですが、登山道はありません。アルプス踊りを踊るには、ダンスより先にクライミングの練習が要ります。

そして、昨日登った双六岳。天空の滑走路は、槍ヶ岳からでもよく見えました。

東側の直下には天狗池。天気もよく、きっとあそこからは逆さ槍と紅葉が楽しめたことでしょう。いずれ槍沢ルートからも登ってみたいと思わせる眺めでした。

南岳や奥丸山へ足を延ばすことも考えましたが、せっかくの槍を味わおうと、1時間以上山頂に滞在しました。狭い山頂にこれだけ長くいられたのも、週末とは思えない空き具合のおかげです。
存分に満喫して、再び長い梯子を下ります。

下山|飛騨沢を新穂高へ
槍ヶ岳山荘の前に戻ると、上空を低空で谷間を縫っていく飛行機が見えました。

あとで調べたところ、アメリカ海兵隊(山口県・岩国基地所属)のKC-130J空中給油・輸送機のようです。この日は低空山岳飛行の訓練が行われていたようでした。
槍ヶ岳山荘で昼食に麻婆茄子丼をいただき、腹ごしらえ。

槍ヶ岳と槍ヶ岳山荘に別れを告げて、下山を開始しました。

千丈沢は草紅葉が綺麗で、眺めながらスイスイ下れます。

途中、槍平小屋が設置した救急箱を見つけました。

山小屋の活動が多岐にわたって山を守っていることを、あらためて感じさせられます。
見上げると、歩いてきた西鎌尾根が見えました。

紅葉の額縁のなかには、笠ヶ岳の姿。

ダケカンバの黄色と、ナナカマドの赤が青空に映えていました。

槍平小屋に立ち寄り、コーラを買って小休止。

滝谷の渡渉部には橋がかけられていて、定点カメラも設置されています。ただし沢の状況は天候で大きく変わるので、通過の可否は現地の様子と最新情報で判断してください。
長い行程を無事に終えて、帰路につきました。車の窓からは、夕日に染まった槍ヶ岳が見送ってくれました。

PT視点|2日で23時間を歩いて、何が起きたか
このコースで実際に体に起きたことを、理学療法士(PT)の視点で振り返ります。一番の問題は、脚ではなく腰の皮膚でした。
膝は無事だった。効いたのは下りの前の余力
2日目は槍ヶ岳から新穂高まで、標高差2,000m以上を一気に下っています。それでも膝の痛みは出ませんでした。
下りでは、着地のたびに太もも前側(大腿四頭筋)が引き伸ばされながら力を出します。この筋肉が疲れてくると衝撃を受け止めきれず、膝まわりの負担が増えやすくなります。ただし膝の痛みが出るかどうかは、既往歴・歩き方・速度・荷物の重さ・地面の状態など多くの要素が絡むので、原因を1つに決めることはできません。
今回は歩行そのものを標準コースタイムより速めに進め、休憩を山頂での滞在にまとめていました。下りに入る時点で脚に余力が残っていたことは、一因だったかもしれません。もっとも、同じ歩き方をすれば誰でも痛みが出ないという話ではありません。下りの膝対策は下り坂で膝を守る歩き方にまとめています。
本当にきつかったのは、ヒップベルトと腸骨稜のこすれ
テント泊装備でもっとも苦しかったのは、腰の骨に当たり続けたヒップベルトでした。
ザックの荷重は、その多くを腰で受けます。受け皿になるのが、骨盤の上のふちにあたる腸骨稜(ちょうこつりょう)です。ここに荷重が集まり、歩くたびにベルトが前後へ動くので、長時間になるほど摩擦が積み重なります。汗で皮膚がふやけると、さらに削れやすくなります。
ザック本体の合い方も影響します。背面長が合っていないとヒップベルトの位置が決まらないので、選び方は登山ザックの選び方を参考にしてください。
筋肉痛は翌日にきた
下山した当日は問題なく、翌日にしっかり筋肉痛が出ました。運動の翌日から数日後に出てくる筋肉痛は遅発性筋痛(DOMS)と呼ばれ、下りのように筋肉が引き伸ばされながら力を出す動きのあとに起こりやすいとされています。
いずれにしても、下りが長いコースほど翌日以降に響くという前提で予定を組むほうが安全です。翌日に予定を入れないか、入れるなら軽い内容にしておくと安心できます。回復の進め方は登山後の筋肉痛にまとめました。
この行程を組むなら
まとめると、この縦走で体力を配分する要点は3つです。
- 1日目に上りきる。新穂高から双六小屋までの標高差を初日に片づけると、2日目の稜線が楽になります
- 止まる時間を、歩く時間とは別に確保する。今回は6時間ほど止まっていますが、そのぶん歩行は速めています。粘れる時間があるかどうかで、見られる景色が変わります
- 下りの前に脚を残す。2日目の下りは長く、ここで初めて膝の問題が出ます
まとめ:西鎌尾根は、準備を整えた人にこそ応えてくれる

- 双六岳〜西鎌尾根〜槍ヶ岳は2日で40.3km、累積の上り3,422m。体力に加えて、穂先の岩場と悪天候時の判断が要るコース
- 双六岳の天空の滑走路越しに見る槍ヶ岳が、このルート最大の見どころ。ガスに巻かれても、粘れる時間があれば景色は変わる
- 西鎌尾根は晴れていれば槍ヶ岳を長く望みながら歩ける縦走路で、進むほど近づいてくる
- 体で問題になったのは膝ではなく、ヒップベルトが腸骨稜に当たるこすれ。痛くなる前にテープで保護しておく
- 下山翌日には筋肉痛が出た。下りが長いコースほど、翌日以降の予定は軽くしておく
初心者向けのコースではありません。ただ、体力と経験を積み上げていけば、いつか射程に入ります。目標の山から逆算して準備を組み立てたいときは、登山トレーニング計画のプランナーを使ってみてください。憧れの頂は、準備を整えた人から順に近づいてくる——この2日間は、それを実感する時間でした。