
出産前は山に登っていた。でも産後の体で、いつから山に戻っていいのか分からない——そんな迷いを抱えていませんか。
結論から書くと、産後の登山復帰に「◯週目から」という一律の日付はありません。目安になるのは日付ではなく、体のサインと段階的なステップです。
私は理学療法士(PT=リハビリの専門家)として10年以上臨床に立ち、登山歴は140座以上になります。ただ、私が産後の方を担当するのは年に数例で、産後のリハビリが専門というわけではありません。その数例でも、リハビリのゴールはたいてい「家事と育児を楽にこなす」ところまでです。山はそこから先にあります。長い下り、背中の荷物、トイレの少ない数時間。この差を埋めるために、2024年の国際的な専門家合意など、産後の運動復帰に関する研究を読み直しました。
この記事を読み終えると、自分の体がいまどの段階にあるかの見当をつけ、最初の一座をどう選ぶかまで決められます。体の状態に不安があるときは、その見当を持って主治医に相談してください。
産後の登山復帰は「日付」ではなく「体のサイン」で決める
産後の登山復帰の時期は、出産からの週数ではなく、体の回復のサインと段階的なステップで決めます。産後の運動復帰に関わる国際的な専門家を対象にした2024年の合意調査(3回の調査で最終95人が回答)でも、ランニング復帰は最低3週間の休養のあと、一人ひとりに合わせた時期と段階的な進め方で考える、という結論でした[1]。これはランニングについての合意で、「3週間たてば登山してよい」という意味ではありません。3週間は「それより前は休む」という下限です。

登山の再開時期を直接調べた研究は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。そこで、いちばん近いランニング復帰の考え方を土台にします。走るのも山を歩くのも、着地の衝撃をくり返し受け、何時間も体を支え続ける点は共通しているからです。
また、米国産婦人科学会(ACOG)は、妊娠前から運動していた女性は妊娠中も産後も運動を続けられる、という立場をとっています[2]。妊娠前に山に登っていた人が「いつか山に戻りたい」と考えるのは、自然な流れです。
わが家の場合は「産後9か月」だった
わが家の妻は、第二子の出産から9か月後に、岐阜市の金華山(標高差300m未満の低山)で山に戻りました。わが家は年子で、第一子の産後は山に戻らないまま第二子を妊娠しています。
9か月という時期は、体の回復を見て決めたものではありません。わが家は子どもを預けて登ることを考えていなかったので、下の子がチャイルドキャリアに乗れる月齢になり、季節も落ち着くタイミングを待った結果でした。
当日は、1歳10か月の上の子と荷物はすべて私が背負い、妻は9か月の下の子だけを背負いました。体に問題は出ませんでした。ただ妻は、産前と比べて体力が落ちていたうえに子どもを背負っていたので、低山でも十分に疲れる山行だったと言っています。
この例が示すのは「9か月が正解」ということではありません。産後の復帰時期は、体だけでなく家族の事情でも決まるということです。だからこそ「いつから」より「どの段階まで戻っているか」を確かめる必要があります。金華山のコースや所要時間は、私の子連れ山行の記録子どもを背負って金華山へにまとめています。
産後の体で起きていること——山に関わる4つの変化
産後の体には、登山に直接かかわる変化が少なくとも4つあります。骨盤の底の筋肉、お腹の筋肉、腰と骨盤まわりの痛み、そして授乳中の骨です。

1. 骨盤の底の筋肉(骨盤底筋)がゆるみ、尿もれが起きやすい
骨盤底筋(こつばんていきん)は、骨盤の底でハンモックのように内臓を下から支える筋肉です。妊娠と出産でこの筋肉が引き伸ばされると、咳やくしゃみ、ジャンプのときに尿がもれやすくなります。
産後の尿もれは珍しいことではありません。32研究・約2万8千人の産後女性をまとめた分析では、産後の尿もれは26%、つまり約4人に1人にみられました[3]。
山では、この筋肉に負担がかかる場面が続きます。
- 段差を下りるときの着地の衝撃
- 重い荷物を背負ったまま踏ん張る動き
- トイレが数時間ない状況
いっぽうで、骨盤底筋は鍛え直せます。産後1年以内の女性を対象にした65研究のまとめのうち、7件の比較試験(1,930人)を統合した分析では、産後の骨盤底筋トレーニングで尿もれが起こりにくくなることが示されました[4]。
骨盤底筋体操のやり方
骨盤底筋体操は、骨盤の底の筋肉を「締めて、ゆるめる」をくり返す体操です。英国の診療ガイドライン(NICE)は、1回に8回以上の締める動きを、1日3回行うプログラムを勧めています[5]。

- 姿勢を決める:はじめは、あお向けで膝を立てた姿勢が感じをつかみやすいです。慣れたら、座って・立ってでも行います
- 締める場所を感じる:おならと尿を同時にがまんするように、肛門と膣のまわりを体の内側へ引き上げます[6]。お腹・お尻・太ももには力を入れず、息も止めません
- 速く締める:2秒締めてゆるめる、を10回くり返します[6]
- 長く締める:締めたまま保ち、ゆるめたら同じ時間だけ休みます。保つ時間は、少しずつ10秒まで延ばします[6]
効果が出るまでには数か月かかることがあります[6]。尿もれがすでにある人に対しても、NICEは専門家の指導のもとで少なくとも3か月続けることを、最初の治療として勧めています[5]。
2. お腹の筋肉が左右に開いたままのことがある
妊娠中はお腹が大きくなるにつれて、お腹の真ん中を縦に走る腹直筋(ふくちょくきん)が左右に離れていきます。これを腹直筋離開(ふくちょくきんりかい)と呼びます。多くは産後に自然と縮まっていきますが、開いたまま残る人もいます。
初産婦196人を産後6〜8週で調べた研究では、帝王切開で出産した人のほうが腹直筋離開が強い傾向でした[7]。1つの時点だけを調べた研究なので、帝王切開の人がみな強く開くという意味ではありません。
お腹の筋肉は、背中の荷物を体の前側から支える役割も担っています。PTとしての私の考えでは、ここが戻りきっていないうちは荷物の重さを腰で受け止めやすくなります。ただし、離開の幅だけで体幹の力や登山できるかどうかは決まりません。幅より「荷物を背負っても腰やお腹に痛みが出ないか」を見てください。
3. 腰や骨盤まわりの痛みが残ることがある
産後の腰痛は、多くの場合は時間とともに軽くなりますが、残る人も少なくありません。妊娠中から追跡した817人のスウェーデンの研究では、出産直後に腰痛があった人は67%を超え、産後1年以上たった時点でも37%が腰痛を訴えていました[8]。
同じ研究では、回復した人の多くは産後6か月以内に痛みが消えています。そして、痛みが長引くことといちばん強く結びついていたのは体に負担のかかる重労働でした[8]。
重い荷物を背負って長時間歩く登山は、この「重労働」に近い負担です。腰や骨盤に痛みが残っているうちは、荷物を軽くすることから始めます。
4. 授乳中は骨密度が一時的に下がることがある
授乳中は、母乳にカルシウムを回すために骨密度が一時的に下がることがあります。21研究をまとめた分析では、妊娠中と授乳中に下がった骨密度は、授乳を終えたあとに回復することが示されています[9]。
つまり、授乳中の骨の変化は回復するものです。そのうえで、ここからはPTとしての私の慎重な提案です。授乳中の山では、転倒をいつも以上に避けたいところです。滑りやすい岩場や急な下りが続くコースは、授乳が落ち着くまで後回しにすると安心です。研究で決まった基準ではありません。
山の負担は「下り・荷物・トイレ・時間」の4つ
産後の体にとって、山がふだんの散歩と違うのは、下り・荷物・トイレ・行動時間の4点です。

| 山の負担 | 産後の体のどこに響くか |
|---|---|
| 長い下り | 着地の衝撃が骨盤底と膝にくり返しかかる |
| 背中の荷物・子ども | 腰とお腹で荷物を支える。踏ん張るたびにお腹の圧が上がる |
| トイレが少ない | 尿もれ・頻尿があると、それ自体が不安になる |
| 数時間の行動 | 睡眠不足と体力低下で、後半に姿勢が崩れやすい |
「お腹の圧」はどこまで気にすればいい?
荷物を持ち上げたり踏ん張ったりすると、お腹の中の圧(腹圧)が上がります。腹圧は骨盤底筋を下に押すので、産後は気にされることが多い点です。
ただ、腹圧が高ければ一律に危険、という単純な話でもありません。経腟分娩で出産した初産婦542人を追跡した研究では、産後早期の持ち上げ動作の腹圧の高さは、1年後に骨盤底の支えが弱くなることと結びついていませんでした[10]。いっぽうで、いきむときの最大の腹圧の高さや、1年後の持ち上げ時の腹圧は、骨盤底のトラブルと関連していました[10]。
PTとしての私の考えは、こうです。腹圧を怖がって荷物をゼロにする必要はない。ただし、重さは少しずつ増やし、症状が出たらひとつ前の段階に戻る。
子どもを背負う場合は、キャリアの重さに子どもの体重が加わります。乳児の体重とキャリア本体を合わせると、10kg前後になることも珍しくありません。わが家で妻が下の子だけを背負い、それ以外の荷物を私が引き受けたのは、この重さを分けるためでした。
キャリアを背負うときの腰の守り方は、チャイルドキャリア登山の腰痛対策で詳しく解説しています。
山に戻る前に確かめたい7つのサイン
山に戻る前には、日常生活と平地のウォーキングで次の7つを確かめます。満たせない項目があるうちは、山には戻りません。

- 咳・くしゃみ・小走りで尿がもれない
- 膣に何かが下がってくる感じ(重さ・違和感)がない
- 歩いたあとに出血が増えない
- 腰・骨盤・恥骨まわりに、歩くと強くなる痛みがない
- 平地を60分続けて歩いても、上の症状が出ない
- 階段を2〜3階分、手すりを使いながら安全に上り下りできる
- 夜に何度か起きる日が続いても、日中に動ける体力がある
前の4つは、産後に起こりやすく、運動の再開を見合わせる理由になる症状です。専門家合意でも、運動を始める前に医学的な問題がないかを確かめるよう勧めています[1]。満たせなかったときの対応は、症状によって分かれます。
- 出血が増える・赤い出血がぶり返す/膣に何かが下がってくる感じがある → 運動を止めて、産婦人科を受診する
- 尿もれ・腰や骨盤の痛みがある → 歩く時間や量を減らして続けながら、産婦人科や骨盤底を専門にする理学療法士に相談する
- 60分歩けない・階段がつらい・日中に動く体力がない → 平地での練習を続け、歩く時間を少しずつ延ばす
後ろの3つは、臨床で私が「登山の再開を検討できるか」を判断するときの目安です。研究で決まった基準ではありませんが、山の負担を平地で先に試しておく、という考え方で選んでいます。
産後の登山復帰は5つのステップで戻る
産後の登山復帰は、平地 → 低山(必要な装備だけ)→ 低山(荷物を増やす)→ 低山(子どもを背負う)→ ふだんの山、の5段階で進めます。次の段階へ進むのは、いまの段階で症状が出なかったときだけです。

| ステップ | 中身 | 次へ進む目安 |
|---|---|---|
| 1. 平地 | 散歩・ベビーカー押し・骨盤底筋トレーニング | 60分歩いて症状が出ない |
| 2. 低山(必要な装備だけ) | 標高差300m以下・ロープウェイなど下りの逃げ道がある山。水・雨具など必要な装備は持ち、それ以外の荷物は同行者に任せる | 下山後と翌日に症状が出ない |
| 3. 低山(荷物を増やす) | 自分の荷物を少しずつ増やす | 同じ山を荷物ありで歩いても症状が出ない |
| 4. 低山(子どもを背負う) | 子どもを背負い、ほかの荷物は同行者と分ける | 下山後と翌日に症状が出ない |
| 5. ふだんの山 | 標高差・行動時間を段階的に伸ばす | 妊娠前の山行に近づける |
ステップ2の山選びは、育児ブランク明けの一座目と同じ考え方が当てはまります。標高差が小さく、途中でやめられる山を選んでください。詳しくは登山復帰の「最初の一座」の選び方で解説しています。
下りは「歩幅を小さく、ゆっくり」
下りの着地は、骨盤底にも膝にも衝撃がくり返しかかる場面です。山で骨盤底への負担を比べた研究はありませんが、PTとしては下りをいちばん慎重に歩くことを勧めます。下りでは歩幅を小さくし、段差は横向きやストックを使って一段ずつ下ります。登りより時間をかけるくらいでちょうどよいと考えてください。
体力の低下は「想定内」にしておく
産後は、骨盤まわりだけでなく体力そのものも落ちています。わが家の妻も、低山なのに十分に疲れたと話していました。妊娠・出産と育児で運動から離れた期間を考えれば、自然なことです。
運動をやめたあと体力がどの順番で落ちるかは、登山のブランクで落ちる体力にまとめています。最初の山行は「楽しかった、もう少し歩けた」で終える計画を立てると、次につながります。
帝王切開で出産した場合の注意
帝王切開で出産した人は、お腹の手術のあとの回復が加わるので、経腟分娩よりも慎重に進めます。
- 傷の痛みが残っているうちは、重い荷物を背負わない
- 腹直筋離開が強く出やすい傾向があるので[7]、お腹の盛り上がりを確かめる
- 再開の時期は、手術を担当した主治医に相談する
帝王切開は尿もれのリスクが経腟分娩より低いと報告されています[3]。ただし、骨盤底以外の回復、とくにお腹の傷と筋肉の回復は別に考える必要があります。

まとめ:産後の登山復帰は「段階」で決める
- 産後の登山復帰に一律の「◯週目から」はない。専門家合意でも、ランニング復帰の専門家合意でも、最低3週間休んだあとは一人ひとりに合わせて段階的に進める(3週間で登山してよいという意味ではない)[1]
- 産後の体では、骨盤底筋・お腹の筋肉・腰と骨盤・授乳中の骨の4つが山の負担に関わる
- 産後の尿もれは約4人に1人にみられる。産後の骨盤底筋トレーニングで起こりにくくなる[3][4]
- 山に戻る前に、尿もれ・下がる感じ・出血・痛みがないかを平地で確かめる。出血や下がる感じがあれば運動を止めて受診する
- 戻るときは平地 → 低山(必要な装備だけ)→ 低山(荷物を増やす)→ 低山(子どもを背負う)→ ふだんの山の順で、症状が出たら一段戻る
- わが家の妻は第二子の産後9か月、標高差300m未満の金華山で山に戻った。時期は体よりも、子どもの月齢と季節で決まった
産後の体は、山から離れていたあいだも少しずつ回復しています。焦らず段階を踏めば、また山に戻れます。まずは今の体に合った短い散歩から始めて、少しずつ時間を延ばしながら、7つのサインを確かめてみてください。
育児ブランクからの復帰全体の流れは、育児ブランクからの登山復帰 完全ロードマップにまとめています。
参考文献
- Christopher SM, Donnelly G, Brockwell E, et al. 2024. Clinical and exercise professional opinion of return-to-running readiness after childbirth: an international Delphi study and consensus statement. British Journal of Sports Medicine.
- ACOG Committee on Obstetric Practice. 2020. Physical Activity and Exercise During Pregnancy and the Postpartum Period: ACOG Committee Opinion, Number 804. Obstetrics & Gynecology.
- Dai S, et al. 2023. Prevalence and factors of urinary incontinence among postpartum: systematic review and meta-analysis. BMC Pregnancy and Childbirth.
- Beamish NF, et al. 2025. Impact of postpartum exercise on pelvic floor disorders and diastasis recti abdominis: a systematic review and meta-analysis. British Journal of Sports Medicine.
- National Institute for Health and Care Excellence (NICE). 2019. Urinary incontinence and pelvic organ prolapse in women: management (NG123). https://www.nice.org.uk/guidance/ng123
- NHS. Urinary incontinence: 10 ways to stop leaks. https://www.nhs.uk/conditions/urinary-incontinence/10-ways-to-stop-leaks/(2026年10月3日閲覧)
- Liu Y, et al. 2026. Impact of delivery mode on diastasis recti abdominis, pelvic floor muscle function, and quality of life in early postpartum women: a cross-sectional study. Frontiers in Medicine.
- Ostgaard HC, Andersson GB. 1992. Postpartum low-back pain. Spine.
- Oboh I, et al. 2021. The influence of lactation and its duration on bone mineral density in pregnancy and postpartum: A systematic review with meta-analysis. Clinical Nutrition ESPEN.
- Shaw JM, et al. 2022. Relative and Maximal Intra-abdominal Pressure and Postpartum Pelvic Floor Outcomes in Primiparas Delivered Vaginally. Female Pelvic Medicine & Reconstructive Surgery.
- Gallego-Gómez C, et al. 2024. Urinary incontinence increases risk of postpartum depression: systematic review and meta-analysis. American Journal of Obstetrics & Gynecology.