
「子どもが生まれて、山にしばらく行けていない」 「育児が落ち着いてきたけど、いきなり長い山行は不安」
そんな立場にいる方に向けて、私自身の1年ぶりの復帰登山の記録を残しておきたいと思います。
理学療法士(PT)として臨床経験10年以上、登山は146座を歩いてきました。それでも妻の妊娠を機に約1年間、山から完全に離れていた時期があります。本記事はその空白を経て、第一子誕生3か月のタイミングで御在所岳のヴィアフェラータを復帰の1本に選んだ、ある秋の日の日誌です。
「山に戻りたい気持ち」と「現実の体力・時間・家族との折り合い」をどう橋渡ししたか、PTパパなりに記しておきます。
この記事は育児ブランクからの登山復帰 完全ロードマップの Phase 3|実際に登る にあたる実践記録です。復帰の全体像から確認したい方は、先にロードマップへどうぞ。
1年の山断ち|妻の妊娠から第一子誕生まで
私が最後に山を歩いたのは、妻の妊娠が分かる前のこと。それから約1年、私は山から完全に距離を置きました。
理由は単純で、家族の生活が最優先だったからです。妊娠初期のサポート、急な体調の変化、後期の通院、出産準備——「山に行く時間とエネルギーがあるなら、まず妻と家のことに」と自然に切り替わりました。子どもが生まれてからの数か月は、なおさら山どころではなく、毎日が初めての育児で精一杯。
「いつ復帰できるんだろう」と自問することもありましたが、答えは出ない。ただ、山に行きたい気持ちまで消えたわけではないので、写真や山仲間のYAMAPを眺めて、心の中に山だけ残しておきました。
育児3か月、ようやく「夫婦で交代」が回り始めた
転機は、子どもが生後3か月を過ぎた頃でした。
授乳と睡眠のリズムが少し読めるようになり、夫婦で「交代でワンオペ」が回り始めました。半日ずつでも、お互いに「自分の時間」を確保できる日を設けるようにしました。我が家はミルク育児だったのもありママでもパパでも変わりなく子育てできたことも大きかったです。
復帰の山に選んだのは、慣れ親しんだ御在所岳
復帰の1本選びには、自分なりのルールを決めていました。
- 日帰り圏内:何かあれば家族のもとへすぐ戻れる距離
- 慣れ親しんだ山:地図を読み直す負担が少なく、心理的にも入りやすい
- 時間が読める行程:半日〜長くて1日で完結、妻に「○時に帰る」と約束できる
- 満足度が高いコース:短くても「行ってよかった」と思える要素がある
この4条件にぴったり当てはまったのが、鈴鹿山脈の御在所岳でした。三重・滋賀の県境、日帰り圏で何度も歩いている山。ロープウェイで降りる撤退オプションもあり、家族との約束が守りやすい。
ヴィアフェラータをチョイスした理由|短時間で「山に戻れた」実感
御在所岳には複数のルートがありますが、今回はあえてヴィアフェラータを選びました。
ヴィアフェラータは、鉄ハシゴやワイヤーで岩場を登るルート。スリリングですが、装備(ハーネス・ヘルメット)と知識さえあれば、短い区間に登山の濃密な要素が凝縮されています。
私が選んだ理由はシンプルで、
- 短時間で「岩を登った」達成感が得られる
- 三点支持・重心移動など、身体感覚を取り戻す訓練にもなる(PT視点)
- 以前から山に誘っていた職場の同僚の、ヴィアフェラータデビューにもなる(岩場に慣れた私がアテンドする形での同行)
長時間行動の体力が落ちている復帰タイミングに、「短くて濃い1本」は理にかなった選択でした。
早朝出発、蒼滝大橋からの朝焼け

蒼滝大橋から望む夜明け。橋の上で思わず足を止めてシャッターを切った、この数分の寄り道に、復帰初日の高揚が出ています。
当日は晴天。同僚と裏道の蒼滝大橋駐車場に車を停めて準備します。
歩き始めてすぐ、空が赤く染まりました。1年ぶりに見る山の朝焼け。「ああ、戻ってきたな」——その一言に尽きる瞬間でした。
裏道を鳥のさえずりや沢の音を聴きながらのんびり歩き、山の空気を楽しみました。
兎岩でヘルメットやハーネスを着け、いよいよヴィアフェラータへ。鉄の感触、岩の冷たさ、足を置く小さなスタンス。1年ぶりに体が思い出していく感覚を、楽しみながら確認していきます。

ヴィアフェラータ。鉄ステップを慎重にたどる同僚。1年ぶりの岩の感触に、体が少しずつ思い出していく。
富士見尾根〜山上公園|伊勢湾を見下ろす爆風の稜線
ヴィアフェラータを抜け中道に合流しました。少し歩き再びバリエーションルートの富士見尾根へ。標高を上げると一気に視界が開け、伊勢湾がキラキラと光って見えました。富士見尾根は爆風で、一気に体温が奪われる気温。「秋の鈴鹿、稜線は冬」を体で思い出します。
久しぶりの稜線は、風が体に染み込んでくる感じがしました。1年ぶりに「自分はここに来るために生きている」と感じた瞬間でもあります。家族を最優先にしてきた1年があったからこそ、山もまた自分の一部なのだと、あらためて受け取り直せた——そんな感覚でした。
山頂で限定20食の僧兵丼

山頂で運よくありつけた、限定20食の僧兵丼。売り切れ覚悟だったので、湯気の立つ丼を前にした瞬間は思わず笑みがこぼれました。
山頂の展望レストランで、当時限定20食の新メニュー、僧兵丼が運よく食べられました。標高1,212mで食べる温かい丼は、それだけで贅沢な体験です。
復帰の山行で、こういう「ご褒美」要素は侮れません。「次もまた来たい」と未来の自分に思わせることが、復帰の継続には大事だと実感します。
中道で下山|「恐竜」との遭遇と本谷の紅葉

中道の象徴・地蔵岩。絶妙なバランスの岩と、眼下に広がる濃尾平野。御在所らしい景色がここにあります。
下山は中道へ。御在所ならやはり中道は外せません。久々の地蔵岩やおばれ岩を楽しみ、谷側の紅葉はまだピーク前でしたが、部分的に色づき始めていて、秋の御在所らしい彩りでした。
下りは膝への負担が大きい区間です。1年ブランクの脚で下りを攻めない——これは事前に決めていたルールで、ペースを意識的に落として降りました。下りと膝痛の関係は別記事(登山で膝が痛くなる前に知っておきたい3つのこと)に詳しいですが、復帰直後の下りは特に丁寧に。
下山後|「自然薯茶々のとろろご飯」と「こんま亭の巨大シュークリーム」
下山後の楽しみは2つありました。
まずは、いつもの自然薯茶々のとろろご飯。汗をかいた体に染みる、温かくてあっさりした味。山仲間と通っていた頃と何も変わらない、ホッとする一杯でした。

下山後の定番、自然薯茶々のとろろご飯。汗をかいた体に染みる、優しい味。
そして、もう一つ。いなべ市の Patisserie Cafe こんま亭で、いなべのキャベツという巨大なシュークリームを妻へのお土産に。半日とはいえ一人で乳児を見てくれた妻に、何か手土産を持って帰りたかった。山のお土産といえば食材や雑貨が多いですが、疲れて笑顔になれるものを選ぶと、家族の機嫌もこちらの罪悪感もうまく溶けていきます。

妻へのお土産、こんま亭の名物「いなべのキャベツ」。半日の留守番への感謝を込めて。
家に着いて、シュークリームを差し出した妻の「わーい!待ってました!」の一言が、その日の山行のいちばんの締めくくりになりました。
PT視点:育児ブランクから復帰するときに考えたこと
最後に、理学療法士(PT)として育児ブランクから復帰したい方に伝えたいことを3つだけ。
① 「時間」を最優先で確保できる山を選ぶ
体力よりも、まず時間設計。家族との約束(帰宅時間・連絡頻度)が守れる山を選ぶことが、復帰を続けるうえで一番大事です。日帰り圏・撤退オプションあり・行程が読めるルートを。
② 体力は「短くて濃い」で取り戻す
長時間行動の持久力は、いきなり戻りません。短時間で身体感覚を呼び戻せる要素を入れると、無理なく感覚が戻ります。本格的な持久力は復帰トレーニングで並行して積み上げを。
③ 「家族のご機嫌」も山行計画の一部
復帰登山を1回で終わらせないために、家族が次も送り出してくれる状態を作ること。シュークリーム1個でも、ねぎらいの一言でも、これが立派な「次回への布石」になります。もちろん普段からの家事育児も夫婦平等に。
まとめ:山は逃げない、家族と一緒に戻ればいい
本記事のポイントを振り返ります。
- 妻の妊娠から第一子誕生3か月までの約1年、山から完全に距離を置いた
- 夫婦で交代のワンオペが回り始め、半日単位で自由時間ができたタイミングで復帰
- 復帰の山は日帰り圏・慣れ親しんだ御在所岳、ルートは短時間で濃いヴィアフェラータ
- 下山は無理せず、手土産で妻へねぎらいを
- 復帰は「短くて濃い」「時間優先」「家族のご機嫌」の3点で続く
山は逃げません。一度離れても、生活が落ち着けばまた戻れる。戻り方の設計さえあれば、育児中でも山は十分に楽しめます。同じ立場の方が、自分なりの1本目を見つけるきっかけになれば嬉しいです。
このブログを始めた経緯はなぜヤマカルテを始めたかに書いています。育児中の登山については子連れ登山の持ち物・安全管理もあわせてどうぞ。