雨雲に隠れた山を登山口から見上げて立ち止まる登山者 雨予報の登山で行くかやめるかの判断基準を理学療法士が解説 ヤマカルテ

金曜の夜、週間予報の傘マークを見ながら、行くか、やめるか。同じ画面を何度も開き直した経験はありませんか。

はじめにお伝えしたいのは、雨予報の登山は「行く」か「やめる」かの二択ではないということです。ただし順番があります。

まず、工夫の余地なく中止する日かどうかを見る。そうでなければ、行き先・時刻・ルート・目的の4つのうち動かせるものを探す。どれも動かせないときに、やめる。この順番です。

私は理学療法士(PT)として10年以上、体温や疲労が人の動きをどう変えるかを見てきました。これまで140座以上に登り、天気を読んで当てた日も、読み違えて撤退した日もあります。この記事では、警察庁の遭難統計と体温の研究をもとに、その4つの動かし方と、やめる線引きをまとめます。

読み終えるころには、傘マークを見て固まる時間が短くなっているはずです。

雨予報の日に決める順番 工夫せず中止する日か見る・動かせるものを4つ探す・どれも動かせないときにやめる ヤマカルテ

統計に「悪天候の遭難」はほとんど出てこない

山岳遭難の統計で「悪天候」に分類される件数は、ごくわずかです。警察庁の令和7年の統計では、遭難の態様として悪天候に分類されたのは3,623人中43人で、全体の1.2%にすぎません[1]。落雷は1人、鉄砲水は14人でした。

ただしこれは「雨は安全だ」という意味ではありません。態様別の分類は、遭難がどんな形で起きたかを示すもので、その背景に天気があったかどうかは分けて集計されていないからです。実際、同じ資料は山岳遭難の多くが「天候に関する不適切な判断」や、体力的に無理な計画によって起きていると書いています[1]

ここから言えるのは1つです。雨の日に身構えるべき相手は「悪天候」という名前の遭難ではありません。いつもの遭難——道迷い・転倒・滑落・疲労のほうです。

下の表は、令和7年の態様別の内訳[1]に、雨が加わると何が難しくなるかを並べたものです。右の列は統計ではなく、条件の整理です。

態様割合雨が加わると難しくなること
道迷い30.9%視界・スマホ操作・引き返す判断
転倒19.2%濡れた岩・木の根・木道
滑落17.3%同上(斜面での失敗)
疲労9.8%体温維持のコスト・行動時間の延び
病気8.1%低体温・持病の悪化

ですから、立てるべき問いは「雨が降るかどうか」ではありません。その雨が、自分の計画の道迷い・転倒・疲労をどれだけ難しくするかです。

同じ雨でも、稜線が長い山とブナ林の周回路では意味が違います。単独と2人でも違います。ここを分けて考えられるようになると、判断がぐっと楽になります。

令和7年の山岳遭難の態様別 道迷い30.9%・転倒19.2%・滑落17.3%・疲労9.8%・病気8.1% 悪天候はわずか1.2% ヤマカルテ

濡れは、体温より先に体力を削る

濡れた服で寒さにさらされても、深部体温はすぐには下がりません。健康な15人に濡れた服を着せ、5℃・風のある環境に3時間置いた実験では、食道で測った深部体温の低下は0.25℃にとどまりました[2]。開始直後はむしろ上昇しています。

濡れた服で5℃・風あり・3時間でも深部体温の低下は0.25℃ 震えが熱を作り体力を犠牲にしている ヤマカルテ

意外に思われるかもしれません。しかし理由を知ると、この結果は安心材料ではなくなります。

体温が保たれたのは、震えが熱を作っていたからです。同じ研究では、酸素消費量が震えの強さと一致して増え、深部体温と逆の動きをしていました[2]。つまり体は、体力を犠牲にして熱を生み出しています。

低体温が進んだサイン 震えが急に減った・言葉が減る・まっすぐ歩けない・手が使えない 登山中の危険サイン ヤマカルテ

濡れが体力を削る速さは、着ているものでも変わります。サーマルマネキンを使った実験では、10℃の環境で衣服が濡れると、乾いているときより多くの熱が逃げました[3]。衣服の中で結露が起き、濡れた層そのものが熱を伝えやすくなるためだと説明されています。

ここから、判断に使える物差しが1つ出てきます。予備の体力が少ない計画ほど、雨のリスクは跳ね上がります。行動時間が長い、標高差が大きい、エスケープルートがない。この条件がそろうほど、同じ雨が重くなります。

逆に言えば、行程を短くすれば、同じ雨でも別の話になるということです。これが後述する「ルートを動かす」の根拠です。

予備の体力が少ない登山計画ほど雨は重くなる 行動時間が長い・標高差が大きい・エスケープルートがない ヤマカルテ

冷えは、指先と判断に出る

冷えは体温の低下だけでなく、指先の動きにも表れます。健康な22人が5℃の環境に90分いた実験では、指先の温度が9.8℃まで下がり、細かい手の作業を測るテストの成績が落ちました[4]。手を温めた条件では、同じテストが14.5%速くなっています。

山の場面に置き換えると、レインウェアのジッパー、ザックのバックル、ファーストエイドの袋、スマホの操作です。どれも「困ったとき」に必要になる動作ばかりだと気づきます。

5℃の環境に90分で指先の温度は9.8℃ レインウェアのジッパーやザックのバックルが扱えなくなる ヤマカルテ

頭のほうにも報告があります。男性14人が20℃の水に浸かり、直腸温が約1.2℃下がった実験では、短期記憶が約37%、学習が約18%低下しました[5]。ただしこの低下が見られたのは3回のうち1回目の浸水だけで、対象も条件も雨の登山道とはかなり違います。数字をそのまま登山に当てはめることはできません

それでも方向としては、冷えると考えることそのものが困難になりうると見ておいたほうが安全です。「慣れれば平気」も当てにはできません。繰り返し寒さにさらされることで認知機能の低下を防げるかを調べた総説は、そうした効果を示す証拠は乏しく、断定できないと結論しています[6]

行くかやめるかの前に、動かせるものが4つある

雨予報で最初にすべきなのは、中止を決めることではありません。その計画のどこを動かせるかを探すことです。動かせる変数は4つあります。

雨予報の登山で動かせるものは4つ 行き先・時刻・ルート・目的を動かして山をあきらめない ヤマカルテ

① 行き先を動かす

行きたい山を先に決めるのをやめると、雨の当たり外れに強くなります。私は連休の中日に出勤が入った年、行き先を決めずに雲の条件だけで候補を並べ、最後に唐松岳を選びました。結果は快晴無風で、狙い続けていた八方池の鏡面に立ち会えています。

このときの決め方が「行きたい山ではなく、晴れる山を選ぶ」でした。詳しい経緯は唐松岳の日帰り登山の記録に書いています。

使えるのは、行き先にこだわりがなく、移動距離を変えられるときです。日本海側と太平洋側、あるいは山域を1つずらすだけで、予報がまったく違うことは珍しくありません。

② 時刻を動かす

行き先を変えられないなら、動かせるのは出発時刻です。翌年に蝶ヶ岳へ登った日は、台風10号が南の海上にいて、天気は不安定でした。それでも時間ごとの雲の予測に「9時までは晴れる」と読み、4時半発に組み直しています。狙いどおり、稜線に出た瞬間は快晴でした。

週間予報の晴れマークは、1日をひとつの記号にまとめたものです。山では午前と午後がまったく別の天気になります。前日に時間ごとの雲量を見て、雲のない時間帯の真ん中に山頂を置くように逆算します。詳しくは蝶ヶ岳を三股から日帰りで登った記録にまとめました。

雨予報の日ほど、この逆算が結果を分けます。午後から崩れる予報なら、行程を前に寄せるだけで別の山行になります。

③ ルートを動かす

同じ山でも、雨のときに選ぶべきルートは変わります。私も、予報が悪い日には危険の少ないルートに切り替えることがよくあります。

雨の日に避けたいのは、次のような区間です。

  • 鎖場・はしご・岩稜(濡れると難易度が一段上がる)
  • 沢沿い・渡渉のあるルート(水位が読めない)
  • 長い稜線(風と濡れで体力の消耗が速い)
  • 標識の少ない広い尾根や笹原(視界が落ちると道迷いにつながる)

代わりに選ぶのは、樹林帯が長く、エスケープルートがあり、行程が短いルートです。前の章で見たとおり、行程を短くすることは、そのまま濡れのリスクを下げることになります。

雨の日に避けたい区間は鎖場・沢沿い・長い稜線・広い尾根 代わりに樹林帯が長くエスケープルートがあり行程が短いルートを選ぶ ヤマカルテ

④ 目的を動かす

展望を目的にした計画は、雨に弱いのが当たり前です。ここを差し替えると、同じ日が生き返ります。

私がよくやるのは、苔の森のように雨で良くなる場所へ切り替えることです。ガスの立ちこめる樹林、色の濃くなる苔、透き通るサンカヨウの花びら。晴れの日には見えないものが主役になります。

たとえばこの一枚は、焼岳から西穂高岳へ抜けた日に撮ったサンカヨウです。前日が雨だったおかげで、花びらが透けていました。晴れの日に同じ場所を歩いても、この姿には出会えません

雨に濡れて花びらが透けたサンカヨウ 焼岳から西穂高岳への縦走路で撮影 雨の日にしか見られない高山植物 ヤマカルテ

写真を撮る、花を見る、体を慣らすだけの短い山行にする。目的を1つ下げれば、雨は失敗ではなくなります

登山の雨予報で中止を優先する判断基準

行き先も時刻もルートも目的も動かせない。そのときが、中止を選ぶ場面です。冒頭に挙げた「工夫せず中止する日」ほどはっきりしていなくても、条件が重なると同じ結論になります

とくに次の組み合わせのときは、無理に動かさずやめたほうが安全です。

登山の雨予報で中止を優先する5つの組み合わせ 沢沿いと渡渉・長い稜線と強い風・雷・単独・子どもと一緒 ヤマカルテ

もう1つ、統計から見えることがあります。カナダ・バンクーバー郊外の山域で25年分の救助要請を調べた研究では、外傷でない要請の原因のうち環境曝露(低体温など)が25%を占め、最多と並んでいました[8]。転んだりケガをしたりしなくても、人は山から運ばれます。

なお、天気そのものより判断を狂わせやすいものがあります。予定・費用・同行者への遠慮です。私自身、台風が接近しているのに富士山へ登り、剣ヶ峰の手前で撤退した経験があります。そのときの判断の穴は台風接近の富士山で撤退した失敗談に正直に書きました。雨予報で迷ったら、あわせて読んでみてください。

やめた計画は、消えない

中止が重く感じるのは、やめた瞬間に休日ごと失われる気がするからです。ここを設計しておくと、判断が驚くほど軽くなります。

私は直前の天候悪化で計画をあきらめることが何度もありますが、その計画は捨てずにストックしています。行程も、コースタイムも、駐車場の情報も、次に同じ山へ行くときそのまま使えます。手放すのは日付だけです。

そして、空いた休日は別のことに差し替えます。

どちらも「山に行けなかった日」ではなく、「山の準備をした日」になります。

登山を中止しても手放すのは日付だけ 行程やコースタイムはストックし登山用品店やボルダリングジムに差し替える ヤマカルテ

やめるコストを下げておくことが、判断をいちばん軽くする準備です。中止を決められない人の多くは、意志が弱いのではなく、やめたあとの受け皿を持っていないだけです。

歩くと決めたら、変えるのは3つ

4つのどれかを動かして山へ向かうと決めたら、当日に変えることは3つに絞れます。

雨の中を歩くと決めたら変えるのは3つ 歩き方・保温・撤退時刻 ヤマカルテ

1つめは歩き方です。 濡れた岩や木道で滑るかどうかは、靴と地面だけでは決まりません。歩幅・足裏・膝・体重の乗せ方・目線を切り替えると、同じ場所でも転びにくくなります。具体的な変え方は濡れた岩・木道で滑らない歩き方にまとめました。

2つめは保温です。 濡れた服を着せたマネキンを使った実験では、濡れた下着を取り除くか、防水の層を1枚足すだけで熱の逃げ方が大きく変わりました[7]。行動を止めたときこそ濡れが響くので、休憩前に1枚羽織る、小屋に着いたら着替える、という順番を決めておきます。

ただしこの研究は救助の現場を想定したもので、吹きさらしの登山道でそのまま真似するものではありません。着替えるのは、風雨を遮れる場所に入ってからです。すでに強い寒気があったり、体調が落ちていたりするときは、無理に脱がずに外側から保温して風を止めるほうが先になります。レインウェアそのものの選び方は登山レインウェアの選び方にあります。

3つめは撤退時刻です。 前述のとおり、冷えると判断が重くなります。「◯時までにこの地点に着いていなければ引き返す」を出発前に決めて、現地では時計を見るだけにしておきます。

まとめ:雨は「行くかやめるか」ではなく「何を動かすか」

  • 統計で「悪天候」に分類される遭難は全体の1.2%しかない[1]。雨の日に身構える相手は、いつもの遭難=道迷い・転倒・滑落・疲労のほう
  • 濡れても深部体温はすぐには下がらない。下がらないのは震えが体力を使って熱を作っているから[2]震えが急に減った・言葉が減った・まっすぐ歩けないは、進行のサイン
  • 冷えは指先の動きと判断に表れる[4][5]。だから引き返す時刻・地点・条件は、事前に決めておく
  • 警報級の予報・増水・登山道の閉鎖など、工夫せず中止する日をまず外す
  • そのうえで、行き先・時刻・ルート・目的の4つに動かせるものがないかを見る
  • 沢沿い・長い稜線・雷・単独・子連れが重なるときは、動かさずにやめる
  • やめた計画は捨てずにストックする。手放すのは日付だけ

雨予報のたびに固まってしまうのは、判断力の問題ではありません。動かせる場所を知らないだけです。次に傘マークを見たら、行き先・時刻・ルート・目的の4つを順番に眺めてみてください。

もちろん、どれも動かない日はあります。そういう日は迷わず日付を手放して、計画のほうを次に回してください。山は逃げません

参考文献

  1. 警察庁生活安全局生活安全企画課. 2026. 令和7年における山岳遭難の概況等. https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r07_sangakusounan_gaikyou.pdf
  2. Helland AM, Mydske S, Assmus J, et al. 2026. Minor Decrease of Core Temperature in Shivering Volunteers Over a 3-Hour Exposure to Cold, Wet, and Windy Conditions. Wilderness & Environmental Medicine.
  3. Richards MG, Rossi R, Meinander H, et al. 2008. Dry and wet heat transfer through clothing dependent on the clothing properties under cold conditions. International Journal of Occupational Safety and Ergonomics.
  4. Wang G, Fan J, Yue T, et al. 2024. The application of heating film to hands reduces the decline in manual dexterity performance associated with cold exposure. European Journal of Applied Physiology.
  5. Moes MI, Elia A, Gennser M, et al. 2024. Combined effects of mild hypothermia and nitrous-oxide-induced narcosis on manual and cognitive performance. American Journal of Physiology: Regulatory, Integrative and Comparative Physiology.
  6. Jones DM, Bailey SP, Roelands B. 2017. Cold acclimation and cognitive performance: A review. Autonomic Neuroscience: Basic & Clinical.
  7. Henriksson O, Lundgren P, Kuklane K, et al. 2012. Protection against cold in prehospital care: evaporative heat loss reduction by wet clothing removal or the addition of a vapor barrier—a thermal manikin study. Prehospital and Disaster Medicine.
  8. Collins D, Crickmer M, Brolly K, et al. 2023. Epidemiology of Emergency Medical Search and Rescue in the North Shore Mountains of Vancouver, Canada, from 1995 to 2020. Wilderness & Environmental Medicine.