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「下山した翌日は、階段を下りるのもつらい」「若い頃より筋肉痛が3〜4日も長引く」「登山を続けたいのに、体力がなかなか戻らない」——登山のあとの回復で、こんな手応えのなさを感じていませんか。
結論から言うと、登山者はふだんより多くのタンパク質を必要としています。そして年齢を重ねた人ほど、ただ量を摂るだけでなく「効果的な摂り方」が大切になります。
私は理学療法士(PT)として10年以上、筋肉の使い方やリハビリを仕事にしながら、これまで140座以上を登ってきました。また筋タンパク質に関する研究をテーマに修士号を取得しています。この記事では、登山者にタンパク質が必要な理由から、1日の必要量・効果的な摂り方・プロテインの選び方、そして「摂りすぎは腎臓に悪いのか」という不安まで、研究データをもとに整理します。
読み終わるころには、疲れにくく、筋肉を守りながら山を続けるための摂り方が、具体的な数字とともに見えているはずです。
なぜ登山者にタンパク質が必要なのか
登山は「大量のエネルギーを使い」「筋肉を壊す」運動です。だからこそ、その材料になるタンパク質が欠かせません。
理由は2つあります。ひとつは消費の大きさです。荷物を背負った急登のピークでは1分あたり10kcalを超えることもあり、行動全体では1日3,000〜4,500kcalに達します[1]。これは成人男性の普段の1日の消費カロリーの約1.5倍に相当します。消費が大きいほど、体を立て直すための材料も多く必要になります。
もうひとつは筋肉の損傷です。とくに下りでは、太もも前の筋肉が伸ばされながら力を出す動き(遠心性収縮)を延々と繰り返し、筋線維を細かく傷つけます。下山の後に数日、筋力低下や筋肉痛が続くのはこのためです(つらい筋肉痛のやわらげ方は登山翌日の筋肉痛を最短で楽にする方法で解説しています)。タンパク質は、この傷ついた筋肉を作り直すための材料そのものになります[2]。
つまり登山は、消費の面でも筋損傷の面でも、タンパク質の必要性が高い運動なのです。
登山者は1日にどれくらい必要?(体重で計算)
目安は、体重1kgあたり1.4〜2.0g/日。迷ったら「体重×1.6g」を基準にすると考えやすいです。
一般的な成人の推奨量(約0.8g/kg)は、あくまで「不足しない最低限」です。運動する人はそれより多くを必要とし、活動的な成人で1.2〜2.0g/kg、持久系の運動では約1.8g/kgが推奨されています[3][4]。
たとえば体重60kgの人なら、1日あたり約90〜120gが目標ラインです。
さらに中高年では、下限を下回らないことがとくに大切で、活動的な高齢者の場合では1.2g/kg以上が勧められています[5]。
まずは「体重×1.6g」を、毎日の目標ラインにしてみましょう。
中高年こそ知ってほしい「アナボリック抵抗」
ここがこの記事のいちばん伝えたいところです。年齢を重ねると、同じ量のタンパク質や運動でも、筋肉が作られにくくなります。これを「アナボリック抵抗」と呼びます。簡単に言えば、栄養を摂っても筋肉がそれに反応しにくくなる状態のことです。
具体的には、食事のタンパク質に対する筋タンパク合成(=筋肉そのものを作る反応)の立ち上がりが鈍くなる現象です[6]。ここは誤解されやすいのですが、「筋肉の細胞が入れ替わらなくなる」のではなく、筋肉を新しく作る反応の感度が下がる、という話です。
ただし、能力そのものが失われるわけではありません。運動という刺激が十分に加われば、中高年でも若い人と同じくらいの反応を引き出せることが報告されています[7]。言いかえると、「栄養」は増幅役、主役は「運動」なのです。
中高年は「量をしっかり確保しつつ、運動とセットで効かせる」。これが大原則です。
効果的な摂り方:量・タイミング・分配
同じ1日の総量でも、1食あたりの量・1日の分配・タイミングで効果は変わります。ポイントは3つです。
1食あたりの量と「ロイシン」
1食で筋肉を作る反応は、体重1kgあたり0.4g(体重60kgで約24g)あたりで頭打ちになります[8]。一度に大量に食べても、それ以上は伸びにくいということです。先ほどお伝えした体重1kgあたり1.6g(体重60kgで約96g)を一度に摂取しても効果は期待できないということになります。
タンパク質はアミノ酸で構成されていますが、一言でアミノ酸と言っても様々な種類があります。そんな中でもロイシンは筋肉を作るのに重要な必須アミノ酸とされていますが、1食2.5〜3g以上あると反応が立ち上がりやすく、これは中高年でとくに意識したい点です。
1日のなかで「均等に」分ける
朝・昼・夜のどこかに偏らせるより、3〜4食に均等に分けるほうが、1日トータルの合成量が高くなります。総量は同じでも、偏った食べ方より満遍なく食べた方が約25%効果的だったという報告もあります[9]。日本人は朝食でタンパク質が手薄になりがちなので、朝こそ意識したいところです。
タイミングは「直後30分」だけではない
「運動後30分以内が勝負(ゴールデンタイム)」とよく言われますが、これは狭すぎる理解です。筋肉を作る反応は運動後およそ24〜36時間にわたって続きます[10]。つまり下山直後だけでなく、その日の夕食から翌日の食事までが回復の勝負どころで、タイミングよりも1日の総量のほうが重要です。
まとめると、1食20〜40gを均等に・下山後から翌日まで・夜にもう一杯。これが「効果的な摂り方」です。
プロテインの選び方(ホエイ・カゼイン・植物性)
その前に大前提として、肉・魚・卵・乳製品など普段の食事で必要量を満たせるなら、プロテインは必須ではありません。あくまで、足りない分を手軽に補うための便利な食品と考えてください。
そのうえで使うなら、プロテインは目的で使い分けます。基本はホエイ、夜はカゼイン、乳製品が苦手なら植物性、という整理です。
筋肉を作る反応の強さは、一般にホエイ > カゼイン > 植物性の順になります。ホエイはロイシンが多く吸収が速いので運動後向き、カゼインはゆっくり吸収されるので就寝前向きです。植物性は単体だと反応がやや劣りやすいものの、量を増やすか、ロイシンを補えばホエイに近づきます[12][13]。
- 運動後・日中:ホエイ(吸収が速い)
- 就寝前:カゼイン(ゆっくり持続)
- 乳製品でお腹が弱い・苦手:ソイなどの植物性(ロイシン入り、または量を多めに)
製品選びで見るべきは、味の続けやすさと、1食でタンパク質20g以上・ロイシン2.5g前後を満たせるかどうか。高価さより「無理なく続けられること」を優先してください。
具体的には、私(PT)が目的別に選ぶなら次の3つが分かりやすい基準です。
登山シーン別の摂り方
日帰りから小屋泊までは実践しやすく、長期・高所ではまずエネルギー確保が前提になります。
- 日帰り:行動中は行動食(糖質中心)でエネルギーを切らさず、タンパク質は下山後〜帰宅後の食事でしっかり。下山後の食事は、おにぎり+サラダチキンやゆで卵、肉まん、温かいうどんに卵やちくわ——など、糖質とタンパク質を組み合わせるのがおすすめです。手早く済ませたいときは、飲むタイプのプロテインを1本足すだけでも十分です。行動食とプロテインは役割分担と考えましょう。
- 小屋泊:夕食でタンパク質を確保し、就寝前にもう一杯。
- 縦走・高所/遠征:消費が跳ね上がり、エネルギーが不足すると筋肉が分解されます。高所では、たとえ2.0g/kgまで増やしても筋肉(除脂肪量)の減少を防ぎきれないことが報告されています[14]。だからこそ「まず十分なエネルギー、その上でタンパク質」の順番が大切です。
「日帰りは下山後にしっかり、長期はエネルギー優先」。この使い分けで十分です。
登山者がやりがちな3つの失敗
裏返すと、ありがちな失敗も見えてきます。心当たりがないか、チェックしてみてください。
- 朝食がパンだけ:タンパク質がほぼゼロになりがち。卵・ヨーグルト・牛乳を足すだけで変わります
- 行動食がお菓子だけ:糖質は摂れても、筋肉を直す材料が足りない。チーズ・プロテインバー・ナッツを混ぜる
- 下山後はビールだけ飲んで寝る:いちばん回復させたい時間に、材料が入らないまま朝を迎えてしまう
どれも珍しくありません。とくに登山後の食事では、糖質だけでなくタンパク質も一緒に摂ることを意識するだけで、翌日の体の軽さが変わってきます。
「摂りすぎは腎臓に悪い」って本当?
最後に、よくある不安に答えます。結論として、腎臓が健康な人であれば、高タンパク食が腎機能を悪化させるという確かな証拠はありません。
健常者では、高タンパク食で濾過量(GFR)が一時的に上がることがありますが、これは腎臓を傷める反応ではなく適応的な変化で、腎機能を悪化させなかったとするメタ解析があります[15]。
健康診断で腎機能(eGFR・クレアチニン)に異常を指摘されていなければ、健康な登山者が過度に怖がる必要はありません。ただし腎臓に持病がある場合は別、と覚えておきましょう。
まとめ:登山のタンパク質は「量 × タイミング × 運動」
最後に要点を整理します。
- 登山はタンパク質の必要性が高い:消費が大きく、とくに下りで筋肉が傷つくため、修復の材料が要る
- 1日の目安は体重×1.6g:体重60kgで約90〜120g。中高年は下限を下回らない
- 中高年は「アナボリック抵抗」を意識:栄養は増幅役、主役は運動。プロテインだけでは効きにくい
- 効果的な摂り方は「小分け・運動後〜翌日・夜の一杯」:1食20〜40gを均等に、就寝前はカゼイン40g
- 選び方は目的別:日中ホエイ、夜カゼイン、乳が苦手なら植物性+ロイシン
- 健常者なら腎臓は過度に心配不要:ただしCKDなど腎臓の持病がある人は主治医へ
この記事で一つだけ覚えて帰るなら、1日のタンパク質は「体重 × 1.6g」。まずはこの数字から始めてみてください。
タンパク質は、頑張った筋肉を裏切らないための「材料」です。そして、その材料を活かすのは運動という刺激。食べ方を少し整えるだけで、登った後の回復も、これから戻していく筋力も変わってきます。今日の一食から、体重×1.6gを目標にしてみてください。
参考文献
- Knapik JJ, Reynolds KL, Harman E. 2004. Soldier load carriage: historical, physiological, biomechanical, and medical aspects. Mil Med.
- Pearson AG, Hind K, Macnaughton LS. 2022. The impact of dietary protein supplementation on recovery from resistance exercise-induced muscle damage: a systematic review with meta-analysis. Eur J Clin Nutr.
- Egan B. 2016. Protein intake for athletes and active adults: current concepts and controversies. Nutr Bull.
- Kato H, Suzuki K, Bannai M, Moore DR. 2016. Protein requirements are elevated in endurance athletes after exercise as determined by the indicator amino acid oxidation method. PLoS One.
- Bauer J, Biolo G, Cederholm T, et al. 2013. Evidence-based recommendations for optimal dietary protein intake in older people: a position paper from the PROT-AGE Study Group. J Am Med Dir Assoc.
- Breen L, Phillips SM. 2013. Anabolic resistance of muscle protein synthesis with aging. Exerc Sport Sci Rev.
- Shad BJ, Thompson JL, Breen L. 2016. Does the muscle protein synthetic response to exercise and amino acid-based nutrition diminish with advancing age? A systematic review. Am J Physiol Endocrinol Metab.
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- Reitelseder S, Agergaard J, Doessing S, et al. 2011. Whey and casein labeled with L-[1-13C]leucine and muscle protein synthesis: effect of resistance exercise and protein ingestion. Am J Physiol Endocrinol Metab.
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- Berryman CE, Young AJ, Karl JP, et al. 2018. Severe negative energy balance during 21 d at high altitude decreases fat-free mass regardless of dietary protein intake. FASEB J.
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