
急な登りの途中や、長い下りの終盤。ふくらはぎが「ピキッ」ときて、その場で動けなくなった——登山者なら経験したことがある人も多い、あの足のつり(こむら返り)。山の上で起きると、転倒や行動不能に直結する厄介なトラブルです。
「水分とミネラルが足りないから」とよく言われますが、実はそれだけでは説明がつかないことが、近年の研究でわかってきました。
この記事では、理学療法士(PT)として10年以上筋肉を診てきた経験と、運動誘発性筋けいれんの研究データをもとに、
- 登山で足がつるのは、体の中で何が起きているのか
- つってしまったときに、その場で何をすればいいのか
- そもそも、つらないために本当に効くこと
を順番に解説します。読み終えるころには、「とりあえず塩を舐める」から一歩進んだ、根拠のある対策が手に入るはずです。
登山で足がつる(こむら返り)とき、体では何が起きているのか
足がつるとは、筋肉が自分の意思とは関係なく、強く収縮したまま戻らなくなる状態です。医学的には運動誘発性筋けいれん(EAMC)と呼ばれ、登山ではふくらはぎ(腓腹筋)や足の裏、太ももの裏に起こりやすいのが特徴です。
「脱水・ミネラル不足が原因」という通説は、実は根拠が弱い
「つるのは汗で水分と塩分が抜けたから」——これは長年の定番説明です。ところが、この説(脱水・電解質欠乏説)を支える証拠は、研究で見るとかなり心もとないのが実情です。
スポーツ医学のレビューでは、脱水・電解質説の根拠は主に経験談や小規模な研究にとどまり、より質の高い前向き研究では支持されていないと指摘されています。[1] 実際、汗の量やナトリウム濃度を比べても、つりやすい人とつらない人で差がなかったという報告もあります。[2]
極めつけは、実験室で人工的にEAMCを起こした研究です。水分も電解質もしっかり補給した状態でも、69%の人が依然としてつったという結果が出ています。[3] つまり「水と塩を入れれば防げる」とは言い切れないのです。
なお、水分・塩分の補給が無意味というわけではありません。暑さによる体調不良、つまり熱中症の予防にはやはり重要です。夏山での見分け方・対処は夏山の熱中症対策で詳しく解説しています。
主役は「神経と筋肉の疲労」
では何が主因か。現在もっとも有力なのは、神経筋疲労説です。
筋肉には、収縮を強める信号(筋紡錘から)と、収縮を抑えるブレーキ信号(腱紡錘から)があります。筋肉が疲れて過負荷になると、このバランスが崩れてブレーキが効かなくなり、運動神経が暴走して筋肉が縮みっぱなしになる——これがつりの正体だと考えられています。[4][5]
脱水や暑さ・発汗は、つりを起こりやすくする「悪化要因」ではあっても、単独の主犯ではない。EAMCは複数の要因が重なって起きる、というのが研究全体からの妥当な結論です。[6]
つってしまったとき、その場でどうするか
予防の話の前に、まず「つった!」ときの正しい対処を押さえましょう。山の上では、これを知っているかどうかが安全に直結します。
まずは、あわてずゆっくり伸ばす
つった筋肉を、まずゆっくり伸ばすこと(静的ストレッチ)が、昔からの第一選択です。ふくらはぎなら、つま先を手前に引き寄せる/前の足に体重をかけてアキレス腱を伸ばす形です。
理屈としては、伸ばすことで前述のブレーキ信号(腱紡錘)が働き、暴走した運動神経を鎮めると考えられています。最新のレビューでも、急なつりの対処は「おさまるまで穏やかな静的ストレッチを続けること」が基本とされています。[7]
やってはいけないこと
つりがおさまったら、その場で少し休み、水分や行動食をとって体を立て直してから歩き出しましょう。汗を大量にかいてバテている下山時などは、経口補水液を一本持っておくと「立て直し」の助けになります。
登山で足がつらないための予防——本質は「疲労管理」
ここが一番大事なところです。原因が神経筋疲労なら、予防の軸も「脚を疲れさせすぎないこと」になります。
一番効くのは、ペース配分と脚づくり
地味ですが、最強の予防策は飛ばさないことと脚をつくっておくことです。
研究でも、つり予防の鍵は「早すぎる筋疲労のリスクを減らすこと」だとされています。[1] 自分の体力に対して強度が高すぎる・長すぎる山行ほどつりやすい、というのは登山者の実感とも一致するはずです。
具体的には、
- 登りの序盤を抑え、終盤に脚を残すペース配分
- 下りで一気に脚を消耗させない歩き方(小股・ひざのクッション)
- 山行前のトレーニング(スクワットやカーフレイズ、低い山での足慣らし)
といった「脚づくり」が、遠回りに見えていちばん効きます。具体的なメニューは登山復帰に向けた体力回復プログラムが参考になります。
水分・電解質は「足りない分を補う」もの
「脱水が主犯ではない」と書きましたが、だから補給しなくていい、という話ではありません。大量に汗をかく夏山や長時間行動では、失った分を補うことは理にかなっています。
実際、汗とともに失う水分・ナトリウムを適切に補うと、つりの発症を遅らせられる可能性は示されています(ただし完全には防げません)。[3] 行動中にこまめに塩分とクエン酸を補える塩分タブレットは、ザックのすぐ取り出せる場所に入れておくと便利です。
ただし、塩タブレットやスポーツドリンクを「これさえあればつらない」お守りにするのは禁物です。フィールド研究では、ナトリウムをたくさん摂ってもつりの発生とは関係がなかった、という結果も出ています。[2] あくまで「足りない分を補う」ものと考えてください。
マグネシウムなどのミネラルは「補助」として
マグネシウムは不足しがちなミネラルとされ、つりとの関連を指摘する声もあります。ただし、運動中のつりに対してマグネシウム補給が効くという強い証拠は、現状そろっていません。基本は海藻・ナッツ・大豆製品などの食事から摂り、サプリはあくまで「足りない分の補助」と考えるのが現実的です。
繰り返しになりますが、サプリはあくまで補助です。基本はバランスのよい食事と、つりにくい脚づくり。そのうえでの「保険」と考えるのが、PTとしての正直なおすすめです。
コラム:「ピクルス汁が効く」って本当?
海外のアスリートの間では、つったときにピクルスの汁を少量飲むという民間療法があります。これ、実は研究もされている、なかなか面白いテーマです。
きっかけは2010年の研究で、電子刺激で起こしたEAMCが、ピクルス汁を飲むと水を飲むより早くおさまり、しかも体液や電解質が戻るより前に効いたことから、「口やのどの刺激が神経反射を介してつりを鎮めるのでは」と考えられました。[10] その後、酸味や辛味の受容体(TRPチャネル)を刺激する飲料でつりの強さが抑えられた、という報告も出ています。[11][12]
ただし、「うがいと飲用で差がなかった」とする研究もあり、この口腔反射のしくみはまだ仮説の域を出ません。[13]
まとめると——「強い酸味などの口の刺激が、つりを和らげる可能性はある。でも理由はまだはっきりしていない」。話のタネとしては面白いですが、過度な期待は禁物です。
まとめ:登山の足のつり対策は「疲労管理」が主役
最後に要点を整理します。
- 足のつり(こむら返り)の主役は、脱水よりも神経と筋肉の疲労。「水と塩不足」だけでは説明できない
- つったら、あわてずゆっくり伸ばす(静的ストレッチ)。無理に歩き続けない
- 予防の本質は疲労管理——飛ばさないペース配分と、事前の脚づくりが一番効く
- 水分・電解質・マグネシウムは「足りない分を補う保険」。お守りにしすぎない
- ストレッチで予防、は実は根拠が弱い。日常ケアとしてはOK、過信はNG
足のつりは「体力に対して山がきつすぎる」というサインでもあります。自分の脚に合ったペースと準備さえできていれば、つりは確実に減らせます。次の山行が、痛みに足を止められない快適なものになりますように。
※本記事は一般的な情報提供であり、特定の治療を保証するものではありません。頻繁なつりや、安静時・夜間のつりが続く場合は、別の疾患が隠れていることもあるため医療機関にご相談ください。
参考文献
- Schwellnus, M., Drew, N., et al., 2008. Muscle cramping in athletes — risk factors, clinical assessment, and management. Clinics in Sports Medicine.
- Hoffman, M. D., et al., 2015. Sodium Intake During an Ultramarathon Does Not Prevent Muscle Cramping, Dehydration, Hyponatremia, or Nausea. Sports Medicine - Open.
- Jung, A. P., Bishop, P., et al., 2005. Influence of Hydration and Electrolyte Supplementation on Incidence and Time to Onset of Exercise-Associated Muscle Cramps. Journal of Athletic Training.
- Nelson, N. L. & Churilla, J. R., 2016. A narrative review of exercise-associated muscle cramps: Factors that contribute to neuromuscular fatigue and management implications. Muscle & Nerve.
- Schwellnus, M. P., et al., 1997. Aetiology of skeletal muscle ‘cramps’ during exercise: a novel hypothesis. Journal of Sports Sciences.
- Troyer, W., et al., 2020. Exercise-Associated Muscle Cramps in the Tennis Player. Current Reviews in Musculoskeletal Medicine.
- Miller, K. C., McDermott, B. P., et al., 2021. An Evidence-Based Review of the Pathophysiology, Treatment, and Prevention of Exercise Associated Muscle Cramps. Journal of Athletic Training.
- Panza, G., et al., 2017. Acute Passive Static Stretching and Cramp Threshold Frequency. Journal of Athletic Training.
- Evers-Smith, J. & Miller, K. C., 2023. Does Prophylactic Stretching Reduce the Occurrence of Exercise-Associated Muscle Cramping? A Critically Appraised Topic. Journal of Sport Rehabilitation.
- Miller, K. C., Mack, G. W., et al., 2010. Reflex inhibition of electrically induced muscle cramps in hypohydrated humans. Medicine & Science in Sports & Exercise.
- Craighead, D. H., Shank, S., et al., 2017. Ingestion of TRP channel agonists attenuates exercise-induced muscle cramps. Muscle & Nerve.
- Short, G. F., Hegarty, B., et al., 2015. Orally-administered TRPV1 and TRPA1 activators inhibit electrically-induced muscle cramps in normal healthy volunteers. Neurology.
- Tapper, E., Salim, N., et al., 2022. Pickle Juice Intervention for Cirrhotic Cramps Reduction: The PICCLES Randomized Controlled Trial. American Journal of Gastroenterology.