
週末の予報に傘マークがついた。行くべきか、やめるべきか。行くなら何を足せばいいのか。雨の日の登山は、考えることが一気に増えます。
先にお伝えします。雨の日に気をつけることは「雨」そのものではなく、雨が引き起こす5つの場面です。前日の判断、濡らさない装備、滑る足元、止まったときの冷え、そして雷。場面ごとに手を打てば、雨の日は「行けない日」ではなくなります。
理学療法士(PT)として10年以上、体の冷えと疲労を見てきました。登頂140座以上のなかには、雨の日の山行がいくつもあります。上高地側から雨の西穂高岳へ登った日は、濡れた岩稜で一歩ずつ足の置き場を選びながら主峰まで往復しました。決行できたのは、登山口で決めず、途中に判断する地点を置いていたからです。
この記事は、ヤマカルテの雨に関する6本の記事を時間の順に並べ直した入口です。前日から下山後まで、いま自分がいる場面の章から読んでください。各章の要点と数字を1つずつ置き、詳しい理由と手順は個別の記事に送ります。
雨の日の登山で多い危険|道迷い・転倒・滑落・疲労
雨の日の遭難は「悪天候」という項目にはほとんど現れず、道迷い・転倒・滑落・疲労という、いつもの遭難の形で起きます。警察庁がまとめた令和7年の山岳遭難全体では、態様が悪天候に分類されたのは3,623人中43人で全体の1.2%でした[1]。いっぽう道迷いは30.9%、転倒は19.2%、滑落は17.3%、疲労は9.8%です[1]。
この数字は雨の日に限った集計ではありません。それでも、雨はこの4つを裏から押し上げます。視界不良や天候判断の誤りは、警察庁も遭難の背景として挙げています[1]。
| 雨が押し上げるもの | どう変わるか | 対応する章 |
|---|---|---|
| 道迷い | 視界が落ち、スマホの操作が遅れ、引き返す判断が鈍る | 前日/歩いている間 |
| 転倒 | 濡れた岩・木の根・木道で、足が求める摩擦を地面が返せなくなる | 歩いている間 |
| 滑落 | 濡れた岩稜・鎖場で難易度が一段上がり、手袋も岩も滑る | 歩いている間 |
| 疲労 | 濡れた体は震えで熱を作り、その燃料は歩くための体力と同じ | 休憩・稜線 |

つまり雨の日に身構える相手は、雨そのものではありません。雨によって重くなった、いつもの遭難です。だから対策も、雨具を1枚足すだけでは終わりません。前日・出発前・歩行中・休憩・下山後、それぞれの場面で1つずつ手を打ちます。
雨の日は同じコースでも疲れ方が違う
雨の日の登山が晴れの日より疲れるのは、濡れ・気温・足元の3つが同時に体力を削るからです。コースタイムは同じでも、体が払うコストは別物です。

1つ目は濡れです。濡れた服で5℃・風のある環境に3時間置かれた実験では、深部体温の低下は0.25℃にとどまりました[2]。体温が保たれたのは、震えが熱を作り続けていたからです。震えの燃料はグリコーゲンと脂肪で、歩くために使う予定だったものと同じです。雨の日に行動食の減りが早いのは、気のせいではありません。
2つ目は気温です。標高が100m上がると気温は約0.6℃下がりますが、雨やガスの日はこの目安が外れます。数字の読み方は標高が100m上がると気温は何℃下がる?で整理しました。雨の日は、予報の気温に風と濡れを足して考える必要があります。
3つ目は足元です。滑りそうな場所に入ると、人は歩幅を縮め、速度を落とし、足裏を平らに置きます[3]。これは体が自動で行う正しい調整ですが、そのぶん行動時間は延びます。雨の日は、晴れの日と同じコースタイムで計画を組まないでください。
前日:行くかやめるかの前に、動かせるものを探す
雨予報を見て最初にすることは、計画のどこを動かせるかを探すことです。ただしその前に、工夫せず中止する日を確認します。大雨・暴風・雷の警報やそれに近い予報が出ている、沢沿いや渡渉のあるルートでまとまった雨が見込まれる、登山道や林道が閉鎖されている、現地の状況が読めない。この4つのどれかに当てはまる日は、行き先や時刻をどう動かしても中止です。
そこに当てはまらない日に、動かせるものを探します。動かせるものは行き先・時刻・ルート・目的の4つあります。

- 行き先:行きたい山ではなく、晴れる山を選ぶ。山域を1つずらすだけで予報は変わります
- 時刻:山では午前と午後がまったく別の天気になります。山頂に立つ時刻から逆算して出発を前に寄せる
- ルート:鎖場・沢沿い・長い稜線・広い尾根を避け、樹林帯が長く、エスケープルートがあり、行程が短いルートへ
- 目的:展望を苔の森や花に差し替える。目的を1つ下げれば、雨は失敗ではなくなります
4つとも動かせないときが、中止を選ぶ場面です。とくに沢沿いと渡渉・長い稜線と強風・雷の可能性・単独・子どもと一緒の組み合わせは、無理に動かさずやめたほうが安全です。判断の型は雨予報の登山、行くかやめるかに、判断を誤った私の実体験は台風接近の富士山登山で撤退した失敗談にまとめています。
登山口で決めない。途中に「判断する地点」を置く
雨の日の決行は、登山口で一度に決めるのではなく、途中に判断する地点を置いて段階的に決めるほうが安全です。私が雨の西穂高岳に登ったときは、次のように分けました。

- 上高地〜西穂山荘:樹林帯で風雨の影響が小さい区間。ここまでは「様子を見に行く」つもりで登る
- 丸山:稜線に出る手前で、雨の降り方と最新の予報を確認する。ここが引き返すか進むかの地点
- 決行した条件:雷の予報がない・降っているのは軽い雨だけ・同行者がいてソロではない。この3つがそろっていたので、独標から先へ進みました
濡れた岩稜では、一歩ごとに足の置き場を選び、滑落だけを避けることに集中しました。無事に主峰まで往復できましたが、これは雨の岩稜を勧める話ではありません。上の3つは必要条件の一部にすぎず、実際には風・視界・その日の登山道の状態・岩稜の経験・引き返す余力まで含めて、その場で判断した個人の体験です。同じ3つがそろっていても、経験が浅ければ丸山で引き返すのが正解です。私も1つでも欠けていたら、そこで戻っていました。
出発前:濡らさない装備は、着るものと入れるものの2つ
雨の日の装備は、体を濡らさないレインウェアと、ザックの中身を濡らさない防水袋の2つで考えます。片方だけでは、稜線で着替えを出したときに濡れています。
着るもの:レインウェアは安全装備
レインウェアは快適装備ではなく、濡れと風から体温を守る安全装備です。選ぶときは耐水圧の数字を追うより、縫い目のシームテープと止水ジッパー、そして透湿性を見ます。日本の一般的な登山なら耐水圧20,000mm前後で十分で、それより差がつくのは汗を逃がせるかどうかです。
着るタイミングも装備のうちです。降り出す前に着るのが原則ですが、夏の樹林帯では小雨のうちは濡れて歩き、稜線に出る前に着るほうが消耗が少ないこともあります。雨のなかを飛ばして歩いて蒸れ、稜線で止まって一気に冷える。これが同じ山行で低体温と暑さの両方を踏む典型です。ベンチレーションは暑いと感じる前に開け、ペースは普段より1割落とします。
「ゴアテックスなのに濡れる」の正体は、たいてい膜ではなく表地の撥水切れです。素材のしくみから撥水の手入れまでは登山レインウェアの選び方にまとめました。
上だけでは足りません。ジャケットとザックカバーがあれば大丈夫、は誤りです。濡れたズボンを履き続ければ、下半身から体温は奪われ続けます。雨と風にさらされる条件は上も下も同じなので、レインパンツも必ず持ちます。
入れるもの:ザックカバーは「外側」しか守らない
ザックカバーだけでは、ザックの中身は濡れます。カバーは背中側が開いており、背面パッドを伝った雨と背中の汗がそこから入ります。強い雨や風では、カバーの隙間からも水が回ります。

だから中身は、防水袋で分けて入れるのが基本です。
- 絶対に濡らしてはいけないもの:着替え・防寒着・寝袋(テント泊なら)。防水スタッフバッグかドライバッグに入れる。厚手のポリ袋で二重にしても代用できます
- すぐ出したいもの:行動食・地図・スマホ・手袋。ジップ袋に小分けして、レインウェアのポケットかザックの雨蓋へ。装備の抜け漏れは装備チェックリストで確認できます
- マイナ保険証または資格確認書、お薬手帳:防水袋に入れて携行する。受診がスムーズになります
子どもと一緒なら、子どもの防寒着と着替えは別袋にします。雨の中で親の荷物を掘り返している間に、子どもは冷えていきます。子どもは体の芯を守るために末端から先に冷え、しかも不調を言葉にしてくれません。服装の考え方は子どもの登山の服装で解説しました。
歩いている間:滑るかどうかは、靴より重心で決まる
濡れた岩や木道で滑るかどうかは、靴と地面だけではなく、体重をどこに置いてどの向きに力をかけるかで決まります。滑りは、足が地面に求める摩擦の大きさが、地面が返せる摩擦を上回ったときに起きます。濡れると地面が返せる摩擦が下がるので、足が求める摩擦を小さくするのが対策です。

足が求める摩擦を大きくするのは、歩幅が大きい・速い・重心が後ろにあるの3つです。下りで腰が引けると、足だけが前へ出て重心が置いていかれます。逆に、歩幅を狭め、速度を落とし、重心を足の上に乗せると、求める摩擦は下がります。
滑りそうな場所に入ったら、5つを同時に切り替えます。
- 歩幅を半分にする(靴1つ分の目安)
- 足裏を平らに置く(踵から入らない)
- 膝を軽く曲げて重心を落とす
- 置いてから乗る(体重を移す前に足を決める)
- 目線は2〜3歩先へ
研究では、滑ると分かっている条件では人は自動で速度を落とし、歩幅を縮め、接地角度を平らにし、重心を前寄りに置きます[3]。この先読みは、一度滑りを経験しただけで現れます。裏を返せば、「ここは滑る」と気づくことが対策の半分です。濡れた木道、苔の岩、晴れた日の朝露、薄暗い樹林の木の根。滑る場所は、雨が降っているかどうかでは決まりません。見分け方と歩き方の詳細は濡れた岩・木道で滑らない歩き方にまとめました。
雨の日は視界も落ちます。ガスの中の樹林帯は昼でも薄暗く、足元の凹凸が見えにくくなります。ヘッドランプは日帰りでも必携で、選ぶなら最大ルーメンより足元を広く照らす配光です。詳しくは登山用ヘッドランプの選び方へ。
休憩・稜線:止まった瞬間から、冷えのリスクが跳ね上がる
夏山の低体温症は、寒さではなく「濡れ・風・止まる」の3つがそろったときに起きます。歩いている間は運動で熱が作られていますが、休憩で止まった瞬間にその供給が途切れ、濡れた服と風が熱を奪い続けます。止まること自体が発症ではありませんが、冷えの進む速さはそこで一段上がります。
2009年のトムラウシ山の事故は、7月の北海道で起きました。前日からの雨で雨具や手袋は乾いておらず、風速15〜20m/s・気温約6℃の稜線で、最初のふらつきから約3時間で歩けない人が出ています[4]。ふらつき、嘔吐、受け答えの遅れ、震え、眠気。どれも「疲れているだけ」に見える変化から始まっていました。

動けなくなる前にできることは4つです。
- 濡れる前にレインウェアを着る
- 風を避けて休む(稜線の風下、岩陰、樹林帯まで下りてから。ただし雷の恐れがないときに限る。雷鳴・雷光・黒い雲・急な冷たい風があれば、岩陰や木の下で雨宿りせず、山小屋などへ避難する)
- 糖質を切らさない(雨の日は行動食の減りが早い)
- 止まる前に温める準備をする(防寒着を出してから止まる)
疲れた体ほど、冷えに弱くなります。5℃の雨と風のなかを6時間歩く実験を、疲労運動の前後で比べた研究では、疲労後は深部体温がより下がり、皮膚の血管を締めて熱を体の中心に留める反応が鈍っていました[5]。つまり疲れた体は、熱を作る力より先に、熱を逃がさない力を失います。行程の後半ほど、休憩の取り方が結果を左右します。
冷えは指先にも出ます。5℃の環境に90分いると指先の温度は9.8℃まで下がり、細かい手の作業の成績が落ちました[6]。レインウェアのジッパーやザックのバックルが扱えなくなる前に、手袋と保温を先に済ませます。
段階ごとのサインと、仲間の様子がおかしいときの現場対処は夏山の低体温症はなぜ起きるにまとめました。保温シートは救急セットの中で最も軽く、最も効果の大きい1枚です。中身の選び方は登山の救急セットの中身へ。
雷:雷鳴が聞こえたら、その時点で避難
雷は、雷鳴が聞こえた時点で避難を始め、最後の雷鳴から30分たつまで行動を再開しません。落雷で人が傷つく経路のうち直撃は約5%にすぎず、多くは地面を伝う電流と、木や岩からの側撃です。「高いものから離れれば安全」では足りません。

夏の雷は午後に多く、午後2時までに下山する行程が最も確実な対策です。出発前に気象庁の雷ナウキャストを見ておき、歩いている間は黒い雲・雷光・急に吹く冷たい風を合図にします。避難先になる山小屋の位置も、地図で先に確認しておきます。木の下は避難場所ではなく、「雷しゃがみ」も安全な姿勢ではありません。避難場所の選び方、打たれた体に何が起きるか、同行者が打たれたときの手順は登山中の落雷対策に、1967年の西穂高岳独標の記録とあわせて書きました。
雨予報の日に雷の可能性があるなら、それだけで中止を優先する条件です。私が雨の西穂高岳を決行できたのも、雷の予報がなかったからでした。
下山後:道具を乾かし、体を温め直す
雨の山行は、下山してからも仕事が残ります。道具は乾かさないと次の雨で性能が落ち、体は温め直さないと翌日の疲れが抜けません。

道具は、まず乾かします。レインウェアは洗濯表示に沿って洗い、陰干しで完全に乾かしてから収納します。撥水が落ちたと感じたら、洗って乾かすだけで戻ることが多く、それでも弾かなければ撥水剤を使います。登山靴は中敷きを外し、新聞紙を詰めて風通しのよい場所で乾かします。濡れたまま袋に入れて放置するのが、いちばん道具を傷めます。湿気で進む劣化のしくみと買い替えのサインは登山用品の加水分解にまとめました。
体は、帰宅後に入浴で温め直します。ただし、震えが続く・ふらつく・受け答えがおかしいといった症状が残っている人は別です。入浴で様子を見ずに、救急相談や受診を優先してください。症状がなく、ただ冷えて疲れているだけなら、湯船が最良の回復手段です。雨の日の山行は、震えと歩幅の調整で普段より多くの筋肉を使っています。とくにふくらはぎと足の指は、滑らないように踏ん張り続けた分だけ張ります。湯船で温めてから、ふくらはぎと足裏をゆっくり伸ばしておくと、翌日の重さが違います。
迷ったときの3つの原則
雨の日の登山で迷ったら、次の3つに戻ります。

- 濡らさない、を最優先にする。体もザックの中身も。濡れてからの対処より、濡らさない準備のほうが軽くて確実です
- 止まる前に着る、止まったら風を避ける。休憩の質が、行程の後半を決めます
- 引き返す条件と地点を、家で決めておく。雷鳴・雨の強まり・仲間の冷え。1つでも当たったら、迷わず戻る
まとめ:雨の日の登山は「雨」ではなく「場面」で備える
- 雨の遭難は「悪天候」ではなく、道迷い・転倒・滑落・疲労の形で起きる。悪天候に分類される遭難は山岳遭難全体の1.2%[1]
- 雨の日は同じコースでも疲れる。濡れ・気温・足元の3つが同時に体力を削る。晴れの日と同じコースタイムで組まない
- 前日は、警報級・沢沿いの大雨・通行止め・情報不足なら工夫せず中止。それ以外は行き先・時刻・ルート・目的の4つを動かす。決行するなら途中に判断する地点を置く
- 出発前は、レインウェア上下と防水袋の2つ。ザックカバーは外側しか守らない
- 歩いている間は、歩幅を半分に・足裏を平らに・重心を落とす。滑る場所に気づくことが対策の半分
- 休憩は、止まる前に着て、風を避ける。震えが急に減ったら低体温症の進行
- 雷は、雷鳴が聞こえた時点で避難。午後2時までに下山する行程が最も確実
- 下山後は、道具を乾かし、体を温め直す
雨の日の山は、晴れの日には見えないものを見せてくれます。ガスの中の樹林、色の濃くなる苔、透き通る花びら。場面ごとに1つずつ備えれば、傘マークの週末は「行けない日」ではなく、「別の山を歩ける日」になります。
参考文献
- 警察庁生活安全局生活安全企画課. 2026. 令和7年における山岳遭難の概況等. https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r07_sangakusounan_gaikyou.pdf
- Helland AM, Mydske S, Assmus J, et al. 2026. Minor Decrease of Core Temperature in Shivering Volunteers Over a 3-Hour Exposure to Cold, Wet, and Windy Conditions. Wilderness & Environmental Medicine.
- Bone MD, Arora T, Musselman KE, Lanovaz JL, Linassi AG, Oates AR. 2021. Investigating proactive balance control in individuals with incomplete spinal cord injury while walking on a known slippery surface. Neuroscience Letters.
- トムラウシ山遭難事故調査特別委員会(日本山岳ガイド協会). 2010. トムラウシ山遭難事故調査報告書. https://jfmga.jp/pdf/activityreport/トムラウシ山遭難事故調査報告書.pdf
- Castellani JW, Young AJ, Degroot DW, et al. 2001. Thermoregulation during cold exposure after several days of exhaustive exercise. Journal of Applied Physiology.
- Wang G, Fan J, Yue T, et al. 2024. The application of heating film to hands reduces the decline in manual dexterity performance associated with cold exposure. European Journal of Applied Physiology.