「ブランクのあいだに体重が増えた。この体で山に戻って、膝は大丈夫だろうか」 「やせてから登山を再開したほうがいいのか、それとも先に歩き出していいのか」
子育てや仕事で山を離れていた人から、よく聞く迷いです。
結論からお伝えします。やせるのを待たずに、山へ戻り始めて構いません。ただし、体重が増えたぶんは「下ろせない荷物」と考え、山とペースの選び方で負担を調整してください。 膝の負担は体重の変化より大きく変わり、登りでは同じ山が少しきつく感じます。それでも、膝と心肺の負担が増えやすい場面はほぼ決まっています。そこを短くしながら、体の様子に合わせて少しずつ戻していけます。
この記事では、理学療法士(PT)として10年以上臨床に携わり、140座以上を登ってきた立場から、16本の研究をもとに整理しました。体重1kgで膝の負担がどれだけ変わるか、心肺のきつさはどう変わるか、何から手をつければいいかがわかります。読み終えたら、復帰の最初の山を「体重が増えた今の体」に合わせて選べるはずです。

子育て中に増える体重は、運動時間の減り方とセットで考える
子育て期の体重の増え方を追った研究では、女性は親になると体重が増えやすい一方、男性ではっきりした差は確認されていません。男性の場合、変わりやすいのは体重より運動の時間のほうです。
親になる前後を追った縦断研究11本のまとめでは、母親になった女性は、子どものいない女性よりBMIで約0.47多く増えていました[1]。身長164cmの人なら約1.3kgにあたります。ただし同じまとめで、男性についての研究は少なく、根拠は乏しいとされています。
18〜30歳の約2,900人を追ったアメリカの研究でも、父親全体では、親になったことによる体重の上乗せは統計的に確認されませんでした[2]。一方、約2,100人を5年追ったオーストラリアの研究では、第1子が生まれた男性の運動時間は、子どものいない男性と比べて週に約124分少なくなる方向でした。ただし、統計的にははっきりしない結果です[3]。
つまり「親になったから太る」と決めつける必要はありません。それでも、山に行く時間がなくなり、体を動かす量が減れば、体重が増えやすくなるのは自然なことです。体重が増えたことを責めるより、増えた体重のまま、どう山に戻るかを考えるほうが建設的です。

体重が1kg減ると、膝の負担は2〜4kg分軽くなる
膝の変形性関節症がある人が減量した研究では、体重が1kg減ると、1歩ごとに膝にかかる力は約2〜4kg分減っていました。膝の負担は、体重の変化より大きく変わるということです。

減量の研究から見える「体重と膝」の比率
過体重・肥満で膝の変形性関節症がある高齢者142人を、18か月追った研究があります。体重が1kg減るごとに、歩くときに膝を押しつぶす方向の力は約40N(約4kg分)減っていました[4]。論文は「体重1単位の減少で、膝の力は約4単位減る」とまとめています。
別の研究では、肥満で膝の変形性関節症がある157人が16週間で平均13.7kg減量しました。歩く速さの違いをそろえて計算すると、体重1kg減るごとに、膝にかかる最大の力は2.2kg分減っていました[5]。
2つの研究で比率は違いますが、どちらも「体重の変化より、膝の力の変化のほうが大きい」点は同じです。
この比率を逆向きに当てはめると、体重が5kg増えた人の膝には、1歩ごとに約10〜20kg分の力が上乗せされる計算になります。ただし、どちらの研究も対象は膝の変形性関節症がある人で、減量した場面を調べたものです。健康な人が体重を増やした場合に、同じ比率になるとは確かめられていません。あくまで目安として受け取ってください。
下りでは、上乗せの影響が大きくなりやすい
下りは、着地のたびに膝を曲げながら体重を受け止める動きです。もともと平地より膝の負担が大きく、そこに体重の上乗せが重なります(下りで膝に負担がかかる仕組みは登山の膝の痛みを予防する記事で詳しく扱っています)。
膝の変形性関節症があり過体重の28人で、階段を下りる動きを調べた研究があります。BMIが高い人ほど膝の痛みが強く、階段を下りるときに床から受ける力も大きいという関連が出ていました[6]。膝の痛みは、アンケートで答えてもらったものです。山の下りを直接測った研究ではありませんが、段差を下りる動きは登山道の下りとよく似ています。
長い目で見ると、膝の関節の傷みやすさも変わる
12本の観察研究をまとめた解析では、体格指数(BMI)22.5の人を基準にすると、膝の変形性関節症になるリスクはBMI 25で約1.6倍、BMI 30で約3.6倍でした[7]。
BMIは「体重(kg)÷ 身長(m)÷ 身長(m)」で出します。身長170cmなら、BMI 25は約72kg、BMI 30は約87kgです。これは1回の山行の危険度ではなく、何年もかけて積み重なるリスクの話です。
体重が増えると、心肺のきつさは荷物を背負ったときに近い形で増す
体重が多いと登りがきつくなるのは、体を運ぶのに要るエネルギーが体重とともに増えるためです。肥満の人と、同じ重さの重りのベストを着た普通体重の人を比べた平地の研究では、1m歩くのに要るエネルギーがどちらも同じくらい多くかかっていました。

増えた体重は「下ろせないザック」と同じ
平均BMIが約33の肥満の10人と、普通体重の10人に、平地のトレッドミルを同じ速さで歩いてもらった研究があります。普通体重の人には、肥満の人と同じBMIになるよう重りのベストも着てもらいました[9]。
1m歩くのに使ったエネルギーは次のとおりです。
| 条件 | 1m歩くのに要るエネルギー | 普通体重との差 |
|---|---|---|
| 普通体重 | 211.0 J | — |
| 普通体重+重りのベスト | 272.7 J | 約62J多い |
| 肥満 | 277.5 J | 約67J多い |
重りを着た人と肥満の人は、ほぼ同じだけ多くエネルギーを使っていました。体重1kgあたりに直すと、3つの条件に有意な差はありません[9]。
別の研究でも、体重1kgあたりで比べると、肥満の人が歩くのに使うエネルギーは普通体重の人より約10%多いだけでした[10]。
歩くエネルギーの大部分は、運ぶ重さそのもので決まるということです。体重が増えたぶんは、下ろせないザックを1つ背負っていると考えると、実感に近くなります。ただし、この2つの研究は平地を歩いた実験です。体脂肪1kgとザック1kgがまったく同じ負担になる、とまでは確かめられていません。
坂道では、体重が増えたぶん、同じ山が少し高く感じる
登りは、体を上へ持ち上げる仕事です。持ち上げる重さが増えれば、同じ標高差でも仕事の量は増えます。
心肺の力(最大酸素摂取量)がブランク前と同じでも、体重が70kgから75kgになれば、体重1kgあたりの心肺の力は約7%下がります。同じ山を同じペースで登れば、それだけ余裕が少なくなる計算です。
ブランクで心肺の力そのものも落ちている場合は、そこに体重の影響が重なります(ブランクで体力がどれくらい落ちるかは登山ブランク1年で筋肉と持久力はどこまで落ちる?にまとめています)。
体重だけで再開を決めなくてよいのは、体力も健康を左右するから
体重と体力の両方を測った研究をまとめると、体力が低い人は体重に関係なく死亡リスクが高く、体力が高い人は過体重でもリスクが低めでした。体重が減るのを待つあいだに体力が落ちれば、その損も小さくないということです。

10本の前向き研究をまとめた解析では、体力が低い人は、体重に関係なく、体力のある普通体重の人の約2倍の死亡リスクでした。一方、体力のある過体重・肥満の人は、体力のある普通体重の人とほぼ同じリスクでした[11]。ただし、これは体力と死亡リスクの関係を見た観察研究で、登山を再開して安全かどうかを調べたものではありません。
ただし、心臓や血管の病気による死亡に絞った別の解析では、体力のある人どうしで比べても、肥満の人は約42%リスクが高めでした[12]。もっとも、この結果は研究を1本ずつ外して計算し直すと有意な差が消える、不安定なものでもあります。体力さえあれば体重は関係ない、とまでは言えません。
まとめると、こう整理できます。
- 体重が減るのを待って山を休み続けると、そのあいだに体力が落ちていく
- 体力は、体重が多いままでも少しずつ戻せる
- 再開の判断は体重の数字ではなく、体の症状と歩ける力に合わせて段階的に決める
- 体重は、時間をかけて減らしていけばよい
前の章のPT補足で紹介したとおり、減量後に歩いて膝の力が増えた人でも、1年で症状や軟骨の悪化は速まっていませんでした[8]。これは膝の変形性関節症がある人の平地歩行の研究ですが、動かずに待つより、負担の小さい山から歩き始めるほうが、山に戻る近道になりやすいと私は考えています。
体重が増えたままの戻し方は「登りはゆっくり、下りは短く」
体重が多い人の膝と心肺の負担は、登りの速さと下りの長さで大きく変わります。ゆっくり登れば膝の負担を抑えながら心肺を動かせますし、下りを短くすれば膝の負担がいちばん増える場面を減らせます。

登りはゆっくり歩くと、膝の負担を抑えながら心肺を動かせる
肥満の12人(平均体重約100kg)に、さまざまな速さと傾斜でトレッドミルを歩いてもらった研究があります。6度の坂をゆっくり(秒速0.75m)登ったときは、平地を速歩き(秒速1.50m)したときと同じくらいの運動強度でした。一方で、膝を伸ばす方向に回す力(関節モーメント)は約19%、膝の内側に負担を集める方向に回す力は約26%小さくなりました[13]。
体重が多い人にとって、ゆっくりした登りは、膝の負担を抑えつつ心肺に適度な刺激を入れられる歩き方だと考えられます。ただし、これは12人がトレッドミルの傾斜を歩いた実験で、段差や石のある登山道を長時間歩く条件とは違います。
登りでは「遅れを取り戻そう」と思わず、会話ができる速さを保ってください(ペースの決め方は山行中の呼吸法とペースの記事を参考にしてください)。
下りの長い山を、最初の数回は避ける
膝の負担が最も増えるのは下りです。復帰の最初の数回は、下りの標高差が小さい山・ロープウェイやリフトで下れる山・登山口が高いところにある山を選んでください。
山の条件の選び方は登山復帰の「最初の一座」の選び方にまとめています。体重が増えた人は、そこに「下りの長さ」をひとつ加えて考えると安全です。
下りはポールを使い、歩幅を小さくする
下りでトレッキングポールを使うと、膝にかかる力が12〜25%減ったという研究があります。体重の上乗せをすべて打ち消すほどではありませんが、確実に負担を分けられます(使い方はトレッキングポールの使い方の記事で詳しく解説しています)。
歩幅を小さくし、段差は小さく刻んで下りることも大切です。下りの体の使い方は登山の下りで膝を守る記事を参考にしてください。
速く歩きすぎて、膝の負担を増やさない
体重が減ると歩くのが楽になり、つい速く歩きたくなります。胃の手術で体重の約3分の1を落とした重度の肥満の人たちを調べた研究では、同じ速さで歩けば膝にかかる力は大きく減っていましたが、自然に速く歩くようになったぶん、その減り方が約半分になっていました[14]。
膝の負担は、体重だけでなく速さでも変わります。体重が多いあいだは、とくに下りで速く歩かないことが、膝を守る近道です。
体重を落とすなら、山歩きより食事の見直しから始める
運動だけで体重を落とすのは難しく、食事を見直すほうが体重は減りやすいことが、複数の研究のまとめで示されています。運動は、減量中に筋肉を残すための手段として続けるのが現実的です。

過体重・肥満の成人732人を含む17本の研究をまとめた解析では、運動だけのグループと比べて、食事と運動を組み合わせたグループは約2.9kg、食事だけのグループでも約2.6kg多く体重が減っていました[15]。
一方で、運動には別の役割があります。34本の研究をまとめた解析では、食事制限だけで減量すると、脂肪以外の組織(筋肉を含む除脂肪量)も一緒に減っていました。そこに運動を加えると、その減り方が約46%抑えられていました[16]。はっきりした差が出たのは、筋力トレーニングや、筋トレと有酸素運動を組み合わせた場合です。有酸素運動だけでは、統計的な差は確認されていません。
登山者にとっては、減量中も筋肉の減少をできるだけ抑えることが大切です。登るための脚の力まで落としてしまうと、山に戻るための減量が遠回りになります。
- 体重を減らす役:食事の見直し(間食・飲み物・夜遅い食事)
- 筋肉を残す役:自宅での脚の筋力トレーニングと、山歩き
この2つを分けて考えると、無理なく続けられます。減量中に筋肉を落とさないためのタンパク質の量は、登山のタンパク質の記事を参考にしてください。復帰に向けた筋力トレーニングの組み立ては、登山復帰のトレーニング3本柱にまとめています。
まとめ:体重はすぐに戻らなくても、山には今の体で戻れる
- 男性では、親になったこと自体による体重の上乗せははっきりしない。山に行く時間が減ることのほうを意識する
- 減量の研究では、体重が1kg減ると膝の負担は1歩ごとに約2〜4kg分軽くなる(膝の変形性関節症がある人の研究)。下りはもともと膝の負担が大きい
- 増えた体重は下ろせないザック。平地を歩く実験では、同じ重さの重りを着たときとほぼ同じだけ、使うエネルギーが増えた
- 体重だけで再開を決めず、症状と歩ける力に合わせて少しずつ戻す。血圧・血糖・心臓・膝に不安がある人は主治医に相談してから
- 戻し方は登りはゆっくり、下りは短く。ポールを使い、必要な装備は残してザックを見直し、下りで速く歩かない
- 体重は食事で落とし、筋トレを中心に運動を組み合わせて筋肉を残す
体重計の数字が戻るのを待っていたら、山はどんどん遠くなります。下りの短い山を選び、ゆっくり登ることから始めてみてください。今の体で山を歩いた経験が、体重を戻していくいちばんの原動力になるはずです。
参考文献
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