「穂高や八ヶ岳の岩稜に行くなら、ヘルメットは要る? どれを選べばいい?」 「ヴィアフェラータにハーネスが必要と聞いたけれど、着けておけば安心なの?」
ヘルメットは、岩稜では毎回かぶる前提で、規格表示とかぶり続けられる軽さで選びます。ハーネスは、ロープや専用のランヤードとつなぎ、確保の仕組みと組み合わせて初めて身を守る道具です。 道具を買う前に、何から身を守る道具なのかを知っておくと、選び方も使い方も迷わなくなります。
この記事では、理学療法士(PT)として体の仕組みを見てきた立場と、140座以上を歩いてきた経験から、岩場のヘルメットとハーネスを解説します。山岳事故の研究データ、安全規格の見方、そしてハーネスで宙づりになったときに体に起きる変化まで扱います。読み終えるころには、自分に必要な道具と、道具だけでは足りない部分がはっきりするはずです。

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先に、この記事で紹介する2つの道具を挙げておきます。選んだ理由は、このあと説明します。
岩稜でヘルメットをかぶる理由|落石と転倒から頭を守る
岩稜でヘルメットをかぶる理由は、上から落ちてくる石と、自分が転んだり落ちたりしたときの衝撃から頭を守るためです。岩場の事故では、頭のけがが命に関わる例が繰り返し報告されています。

岩場の事故では、頭のけがが命に関わる
オーストリアの山岳事故登録から、2005〜2018年の岩登り中の事故2,992件を調べた研究があります[1]。けがの多くは重症で、亡くなった140人のうち56人に頭のけががありました。そして、ヘルメットやロープを使わずに登っていると、重いけがや死亡のリスクが高くなっていました。
スコットランドで1978〜1983年に登山中の事故で亡くなった人のうち、42人を調べた研究もあります[2]。21人は頭のけがが主な死因でした。著者らは、そのうち重い頭のけがを負った人の半数あまりは、ほかの部位のけがが軽く、頭のけがを防げていれば助かった可能性があると考察しています。
落石は、注意していても避けきれないことがある
岩場の危険は、自分が落ちることだけではありません。スイスの救急外来で2012〜2018年に診たクライミング中のけが78人では、21%が落石や落氷の直撃によるものでした[3]。
上を歩く人が落とした石は、注意していても避けきれないことがあります。逆に、自分が落とす側になることもあります。岩稜では、自分の技術とは関係なく頭を守る必要があるのです。
日本でも、長野県が穂高連峰の岩稜帯や中央アルプスの宝剣岳などを「ヘルメット着用奨励山域」に指定しています[4]。私も、登山を始めて間もないころの西穂高岳の岩場からヘルメットを使っていて、着用奨励山域では必ずかぶっています。
かぶっている人は、思ったより少ない
それでも、岩場でヘルメットをかぶる人は多くありません。アメリカ・コロラド州の、岩場を手も使って登る山(class 3)の山頂で行った調査では、ヘルメットをかぶっていた人は4人に1人(25%)でした[5]。
一方、オーストリア・チロルのヴィアフェラータ(鉄の足場やワイヤーをたどる岩場のルート)で332人を調べた研究では、ヘルメットの着用は92%でした[6]。地域も活動も違う調査なので単純には比べられませんが、調査によって着用率には大きな差がありました。一般登山道の延長にある岩稜こそ、意識してかぶりたいところです。
ヘルメットの選び方|規格・作り・サイズ・軽さ
登山用ヘルメットは、登山用の安全規格に適合していること、頭の形に合うこと、一日かぶり続けられる軽さと通気性があることの3つで選びます。

規格表示:EN 12492かUIAA 106を確かめる
登山用ヘルメットには、ヨーロッパの規格「EN 12492」と、国際山岳連盟(UIAA)の規格「UIAA 106」があります。UIAA 106は、EN 12492の要求をすべて満たしたうえで、さらに条件を上乗せした規格です[7]。2025年版のUIAA 106では、頭のてっぺんに加えて、前・横・後ろへの衝撃試験でも、頭に伝わる力を8kN以下に抑えることを求めています[7]。
私が使っているヘルメットの内側のタグには、「EN12492」と「Helmets for mountaineers(登山者用ヘルメット)」と書かれています。UIAAの表示はありません。買うときは、こうした表示が内側にあるかを確かめてください。

自転車や工事用のヘルメットは、想定している衝撃の向きや強さが違います。登山には登山用の規格品を選びましょう。
作り:硬い殻と、衝撃を吸う発泡材
登山用ヘルメットは、外側の硬い殻(シェル)と、内側の衝撃を吸う発泡材(EPS)の組み合わせが基本です。
- 硬い殻が厚めのもの:小さな石が当たったり、ザックに入れて運んだりしても傷みにくい。そのぶん少し重い
- 発泡材が主体の軽いもの:軽くて通気口も大きく、長くかぶっていられる。そのぶん、ぶつけたり押されたりすると凹みやすい
私の古いヘルメットは、硬い殻と発泡材を組み合わせた作りです。同じ作りで今買えるものとして、冒頭で紹介したブラックダイヤモンドの「ハーフドーム」を挙げました。値段が手ごろで、硬い殻のおかげで比較的扱いやすい作りです。それでも、ザックの中で強く押しつぶしたり、ぶつけたりしないように運びます。
サイズとあご紐:かぶったまま頭を振ってもずれないか
ヘルメットは、頭のまわりの長さ(cm)で選びます。後ろのダイヤルやベルトで締め、あご紐を留めたら、頭を前後左右に振ってもずれないかを確かめます。
前にずれると目をふさぎ、後ろにずれるとおでこがむき出しになります。寒い時期にニット帽の上からかぶるなら、その状態で調整できるかも見ておきましょう。
軽さと通気:かぶり続けられることがいちばん大事
ヘルメットは、頭に載っているあいだしか働きません。重い、暑い、蒸れるといった不満があると、岩場の途中で外したくなります。
首の筋肉は、頭の重さを一日中支えています。頭の上に数百グラムが加わる差は、岩場の上り下りで上を見上げる時間が長いほど感じやすくなります。試着のときは、上を見上げる姿勢をしばらく続けてみて、首や額に当たる感覚を確かめるのがおすすめです。
ハーネスは着けただけでは身を守れない|ロープとつないで初めて働く
ハーネスは、ロープや専用のランヤードとつなぎ、適切な支点と確保の仕組みと組み合わせて、落ちたときに体を受け止めるための道具です。腰に着けているだけでは、身を守る働きはありません。

ヴィアフェラータで亡くなる原因は「確保なしの墜落」
オーストリアで2008〜2018年の10年間に、ヴィアフェラータで救助などが必要になった1,684人を調べた研究があります[9]。
- 最も多かったのは、疲れや力の見誤りで動けなくなった例。半数以上はけがのないまま救助された
- 亡くなったのは62人(3.7%)。死因で最も多かったのは、自分を確保せずに登っていて墜落したこと
- 亡くなった人の割合は、むしろ技術的にやさしい区間で高かった
著者らは、やさしい区間でも道具を正しく使えば、亡くなる事故の多くは防げると結論づけています。
チロルのヴィアフェラータの調査では、10%の人が不適切な確保の道具を使っているか、道具を持っていませんでした。危険についての4問の正答率は平均46%で、出発前に仲間と装備を確かめ合っていた人は76%でした[6]。
ヴィアフェラータ用のランヤードは、専用の規格品を
ワイヤーが張られたヴィアフェラータでは、ハーネスに衝撃を吸収する仕組みのついたY字形のランヤードをつけ、ワイヤーに2本のカラビナをかけ替えながら進みます。かけ替えるときは1本ずつ外し、どの瞬間も必ず1本はワイヤーにかかっているようにします。このランヤードには、UIAA 128(EN 958がもと)という専用の規格があります[10]。
ただし、日本の岩場のルートには、ワイヤーが途中で途切れているところも多くあります。ワイヤーのない区間は、ランヤードだけでは確保できません。そうした区間では、ロープを出して確保できる経験者が必要です。
スリングとカラビナで自作したもので代用すると、落ちたときの衝撃を吸収できません。使い方も含めて、講習で教わってから使う道具です。
私の場合|ハーネスはヴィアフェラータのために買った
私は、カラビナやスリングを持っていて、簡単な講習も受けたことがあります。ハーネスは、御在所岳のヴィアフェラータに行くために新しく買いました。
御在所のヴィアフェラータも、岩壁の全区間にワイヤーが張られているわけではありません。グループで歩いたこの日は、リーダーが必要な場所でロープを出してくれました。ハーネスは、確保してくれる人やロープとセットで初めて意味を持つ道具です。
ハーネスの選び方|型・サイズ・脚の輪・着けやすさ
登山で使うハーネスは、腰と太ももで体を支えるシットハーネスを、山の服装に合わせて調整できるかで選びます。
型:腰と太ももで支える「シットハーネス」
登山用ハーネスの規格(EN 12277・UIAA 105)には、全身型や胸に着けるものなど、いくつかの型があります。岩稜やヴィアフェラータで一般的に使うのは、腰のベルトと太ももの輪(レッグループ)で体を支えるシットハーネスです[11]。
岩登りで5m以上落ちた113人を調べた研究では、シットハーネスと全身型のハーネスとで、けがの種類や重さに差は見られませんでした[12]。重いけがの多くは、落ちる途中で岩にぶつかることで起きていました。ただし、この研究だけで、どの型も同じように安全だとまでは言えません。
サイズと装着位置:腰骨の上で締まり、抜けないか
ハーネスは、腰まわりのサイズで選びます。腰のベルトは腰骨(骨盤の出っぱり)の上で締め、引っぱってもずり下がらないかを確かめます。ベルトが腰骨より下にあると、逆さまになったときに体が抜ける危険があります。試着では、実際の山で着るパンツやレインウェアを重ねた状態で合わせましょう。
脚の輪:厚着の日にも合わせられるか
山では、気温によって薄手のパンツの日もあれば、雨具や防寒着を重ねる日もあります。太ももの輪の周りの長さを調整できるハーネスなら、どちらの日も体に合わせられます。
私が使っているブラックダイヤモンドの「モメンタム」は、脚の輪を調整できるタイプです。腰のバックルも、最初から通してあるものを締めるだけなので、通し忘れが起きにくい作りになっています。
着けたら、仲間とお互いに確かめる
ハーネスは、着けたあとに仲間と確かめ合うまでが準備です。バックルが締まっているか、ねじれていないか、脚の輪が左右とも通っているかを見ます。チロルの調査でも、4人に1人はこの確認をしていませんでした[6]。

PT解説|ハーネスで宙づりになると体に何が起きるか
ハーネスでロープにぶら下がったまま動けずにいると、脚に血液がたまるなどの循環の変化が起き、気が遠くなったり意識を失ったりすることがあります。「宙づり症候群(サスペンション症候群)」と呼ばれる状態です。めったに起きないものの、命に関わることがあります[16]。
健康な人の実験でも、40回中12回で気が遠くなる症状が出た
健康な20人に、シットハーネスで最大60分ぶら下がってもらった実験があります[13]。
- 40回の試験のうち12回(30%)で、気が遠くなる症状が出て途中で中止した
- 症状が出るまでの時間は平均44.7分。最も早い人は13.4分だった
- 症状が出るまでの時間は予測できなかった
- 仰向けに寝かせると、5分以内に症状も数値も元に戻った
同じ研究グループは、ぶら下がると太ももの静脈が太くなり、脚に血液がたまることを超音波で確かめています[14]。
宙づりから身を守るために知っておきたいこと
仕組みに議論は残るものの、山岳救急医学の国際委員会(ICAR MEDCOM)は2023年に、予防と対応の推奨をまとめています[16]。
- 体に合ったシットハーネスを使う。ぶら下がったときに痛みや不快感が出にくいものを選びます
- ぶら下がっているあいだは、脚を動かし続ける。脚の筋ポンプを働かせることが予防になります
- 救助はできるだけ早く。「ぶら下がっていても大丈夫な時間」はありません。実験でも、症状は前触れなく、早い人では十数分で出ています
- 救助して下ろしたあと、心停止が迫っている状態なら仰向けに寝かせて、すぐに心肺蘇生などの救命処置を始めます
そのためにも、ロープを扱える人と一緒に行動し、宙づりの人を下ろす方法をあらかじめ講習で学んでおきます。
救助されたあとに体調が戻ったように見えても、医療機関で診てもらってください。

寿命と点検|ヘルメットもハーネスも見た目では分からない
ヘルメットとハーネスは、メーカーの取扱説明書にある点検方法と使用期限に従って交換します。どちらも、見た目がきれいでも中身が傷んでいることがあります。

- ヘルメット:大きな衝撃を受けたもの、殻や発泡材にひびや凹みがあるものは使わない。ザックの外に吊るして岩にぶつけたり、車内の高温に置いたりするのも避ける
- ハーネス:縫い目のほつれ、ベルトの毛羽立ちや変色、バックルの変形を使う前に見る。墜落を止めたものは、取扱説明書に従って判断する
ナイロン製の登攀ギアの引退の考え方は、登山用品の加水分解と買い替えどきにまとめています。持ち物全体の確認には登山の装備チェックリストを使ってください。岩場で手を守る登山用グローブの選び方、岩場に必要な動きの練習としてのボルダリングもあわせてどうぞ。
まとめ:ヘルメットは毎回かぶる、ハーネスはつないで初めて働く
- 岩場の事故では、頭のけがが命に関わる例が繰り返し報告されている。落石は自分の技術では避けられない
- ヘルメットは、EN 12492かUIAA 106の表示、頭に合うサイズ、かぶり続けられる軽さと通気で選ぶ
- ハーネスは、ロープや専用のランヤードとつなぎ、確保の仕組みと組み合わせて初めて身を守る。ヴィアフェラータの死因で最も多いのは確保なしの墜落
- ヴィアフェラータ用のランヤードはUIAA 128・EN 958の規格品を、講習で使い方を学んでから使う。かけ替え中も1本は必ずワイヤーに。ワイヤーが途切れる区間はロープでの確保が要る
- ハーネスは腰骨の上で締まるサイズのシットハーネスで、脚の輪を調整できるものが山の服装に合わせやすい。着けたら仲間と確かめ合う
- ハーネスで宙づりになる実験では、健康な人でも40回中12回で気が遠くなる症状が出た。早い人は十数分。脚を動かし、できるだけ早く救助する
岩稜の楽しさは、道具を正しく使ってこそ安心して味わえます。次に岩場のある山へ行くときは、まずヘルメットの内側の規格表示を確かめるところから始めてみてください。
参考文献
- Rugg C, et al., 2020. Rock Climbing Emergencies in the Austrian Alps: Injury Patterns, Risk Analysis and Preventive Measures. International Journal of Environmental Research and Public Health.
- Reid WA, et al., 1986. Necropsy study of mountaineering accidents in Scotland. Journal of Clinical Pathology.
- Krieger CS, et al., 2022. Injuries in outdoor climbing: a retrospective single-centre cohort study at a level 1 emergency department in Switzerland. BMJ Open Sport & Exercise Medicine.
- 長野県. ヘルメット着用奨励山域.
- Brandenburg WE, Davis CB, 2016. Medical Knowledge and Preparedness of Climbers on Colorado’s 14,000-Foot Peaks. Wilderness & Environmental Medicine.
- Faulhaber M, et al., 2015. Equipment, Risk Awareness and Safety-Relevant Behaviour of Via Ferrata Climbers. Sportverletzung Sportschaden.
- UIAA, 2025. UIAA 106 Mountaineering and Climbing Helmets (v4). UIAA Safety Standards.
- Petzl, 2018. Enhanced helmet protection. Petzl News.
- Ströhle M, et al., 2019. Mortality in Via Ferrata Emergencies in Austria from 2008 to 2018. International Journal of Environmental Research and Public Health.
- UIAA, 2025. UIAA 128 Energy Absorbing Systems for Via Ferrata (Fifth Edition, effective November 2025). UIAA Safety Standards.
- CEN, 2015. EN 12277:2015 Mountaineering equipment - Harnesses - Safety requirements and test methods. NSAI Standards Store.
- Hohlrieder M, et al., 2007. Pattern of injury after rock-climbing falls is not determined by harness type. Wilderness & Environmental Medicine.
- Rauch S, et al., 2019. Suspension syndrome: a potentially fatal vagally mediated circulatory collapse—an experimental randomized crossover trial. European Journal of Applied Physiology.
- Rauch S, et al., 2020. Venous Pooling in Suspension Syndrome Assessed with Ultrasound. Wilderness & Environmental Medicine.
- Petrone P, et al., 2021. Fatal and non-fatal injuries due to suspension trauma syndrome: A systematic review of definition, pathophysiology, and management controversies. World Journal of Emergency Medicine.
- Rauch S, et al., 2023. Suspension syndrome: a scoping review and recommendations from the International Commission for Mountain Emergency Medicine (ICAR MEDCOM). Scandinavian Journal of Trauma, Resuscitation and Emergency Medicine.