天気予報は微妙。でも山小屋の予約は取ってあるし、休みも押さえた。ここまで来て中止にするのは惜しい――そんな気持ちで出発しようとしていませんか。

私は2018年8月、まさにその気持ちで台風が接近している富士山に登ってしまいました。結果として山頂までは立てたものの、剣ヶ峰の手前で命の危険を感じて引き返しています。いま振り返ると、撤退すべきだったのは山頂ではなく、もっとずっと手前でした。

理学療法士(PT)として10年以上、そして登頂140座以上を重ねたいまだからこそ見える、当時の判断の穴があります。この記事では美しかった景色も含めてあの2日間を正直にたどりながら、あなたが同じ迷いに立ったときに使える判断の物差しをお渡しします。

台風接近の富士山 富士宮口五合目から登り剣ヶ峰の手前で撤退した失敗談 ガスに包まれた登山口 ヤマカルテ

先に、この2日間の行程だけ示しておきます。

  • 8月7日:富士宮口五合目から登り、連絡路で御殿場ルートへ渡って赤岩八合館に宿泊
  • 8月8日未明:山頂部までは到達したものの、剣ヶ峰の手前で撤退して下山

なぜ台風が近づく富士山に向かってしまったのか

判断を誤らせたのは、天気の読み違いではありません。天気以外の予定が、天気より重く感じられてしまったことが原因でした。

当時の私は本格的な登山を始めて5回目。日本一の富士山に登ってみたい、ソロ登山をやってみたい、山小屋泊も経験してみたい。この3つの動機が一度に叶う計画に、すっかり心を奪われていました。

そこへ台風13号の接近予報が重なります。それでも中止にしなかった理由は、いま並べてみると情けないほど単純でした。

  • 山小屋の予約をすでに取っていた
  • 有給休暇を確保していた
  • 富士山は整備されているし山小屋も多いから、悪天候でもなんとかなると思っていた
  • 悪天候の経験値そのものが、自分の糧になると考えていた

登山の可否とは何ひとつ関係のない理由が、4つも並んでいます。それでも当時の私には、これらがずいぶん重たく感じられました。

五合目での「行けるところまで」が、いちばん危うかった

当日の朝も、私はまだ迷っていました。休日であることに変わりはないので、ダメそうなら観光して帰ればいい。そんな心づもりで静岡へ車を走らせています。

高速を降りると、案の定、富士山は雲の中でした。ところが水ヶ塚駐車場に着いてみると、登山客の姿はちらほら見えます。シャトルバスも予定どおり運行していました。

「他の人も行っているから大丈夫だろう」。ここで一度、判断が甘くなります。

とりあえずバスに乗り、富士宮口五合目へ。

富士山表口五合目の標高2400m看板とガスに沈む登山道を登る登山者 台風接近時の富士登山

標高2,400mの休憩所で高度に体を慣らしながら、登るかどうかを考え続けました。宿泊予約した山小屋のルールに従って出発前の電話を入れると、こんな返事が返ってきます。

小屋の方はきわめて誠実に、事実だけを伝えてくれています。営業する、泊まれる、見えるかもしれない。登っていいとは、ひと言も言っていません。

それでも私は「山小屋泊だけでも経験してみよう」と決心し、12時10分に歩き始めました。いま思えば、この「行けるところまで」という言葉がいちばん危険でした。引き返す条件を決めずに歩き出すことと、ほとんど同じ意味だからです。

雲を抜けた先の青空が、判断をさらに鈍らせた

ガスの中を1時間半ほど登ると、雲を突き抜けて晴れ間が見えてきました。

富士山富士宮ルートで雲海を突き抜けた先に広がる青空 台風接近時の登山

この瞬間の高揚感を、私はいまでもはっきり覚えています。そして同時に、これが判断をいちばん狂わせた景色だったとも思っています。眼下の雲は変わらずそこにあるのに、頭の上が晴れているだけで「大丈夫そうだ」と感じてしまうのです。

やがて人生で初めての3,000m超え。標識を見つけて、胸が高鳴りました。

富士山富士宮ルートの標高3000m地点の標識 環境省と静岡県の案内板

15時10分、富士宮ルート八合目の池田館が見えてきました。

富士山富士宮ルート八合目の池田館と厚い雲 台風接近時の山小屋

連絡路をトラバースして御殿場ルートへ

この日の宿は、富士宮ルートではなく御殿場ルートの赤岩八合館でした。御殿場ルートの山小屋は比較的空いていること、そして赤岩八合館はカレーがおかわり自由だということを事前に調べていたからです。

池田館のバイオトイレの裏から、御殿場ルートへ渡る連絡路が伸びています。小屋の公式サイトで通行できることを確認したうえで、入口を抜けました。

連絡路に入ると、再びガスに飲まれます。

富士山の富士宮ルートから御殿場ルートへ渡る連絡路 濃いガスに包まれた登山道

人のいない道は、それだけで不安を連れてきます。同時に、抜け道を歩いているような高揚も少しありました。不安と高揚が入り混じっているときほど、判断は粗くなりやすい。いま思えば、そういう状態でした。

ところが連絡路を抜ける頃には再びガスの上に出て、赤岩八合館に着いた頃にはすっかり青空。山頂まで見えていました。

赤岩八合館から見上げた青空と富士山の山頂 御殿場ルート

このルート取りそのものは、翌日の行動を考えると悪くない選択でした。同じ連絡路を使ったトラバースは富士山プリンスルートの体験記でも歩いています。ただしあの日に限っては、ルートの良し悪しより、そもそも入山するかどうかが問われていました。

赤岩八合館で過ごした、静かな夕方

ここからしばらくは、失敗談ではなく素直に良かった話をさせてください。この夕方があったからこそ、私はいまも山に登っています。

富士山の山小屋デビュー

赤岩八合館は御殿場ルートの7合9勺、標高約3,300mにある山小屋です。

御殿場ルート赤岩八合館の外観 溶岩を積み上げた壁と青空 富士山の山小屋

案内されたのは、布団1枚分のスペース。左右にも布団がずらりと敷き詰められていました。富士山の山小屋は詰め込まれると聞いてはいましたが、実物を見ると納得します。

富士山赤岩八合館の寝床 布団が隙間なく並ぶ山小屋の内部

もっともこの日は、御殿場ルートという条件に荒天予報が重なって宿泊者がかなり少なめ。左右に余裕があり、ゆったり過ごせました。荒天が生んだ、数少ない恩恵です。

富士山の山小屋で自分の寝床にザックと帽子とカメラをまとめた様子

宝永山と、おかわり自由のカレー

夕食まで特にすることもないので、外のベンチで雲海を眺めて過ごしました。真夏とはいえ3,300mの世界で、街より20℃近く低い空気。アウターを羽織ると、ひんやりした感触がむしろ心地よく感じられます。

眼下には、御殿場ルートならではの宝永山。富士山が火山であることを、いやでも思い出させる姿でした。

赤岩八合館から見下ろした宝永山と樹海 御殿場ルートならではの眺め

17時過ぎ、食堂へ。山の上で食べるカレーライスは、街のそれより何倍も美味しく感じました。

富士山赤岩八合館の夕食のカレーライスと温かいお茶 山小屋の食事

コロナ禍より前だったこともあり、大鍋から自由におかわりできました。

赤岩八合館の湯気が立つ大鍋のカレー おかわり自由の富士山の山小屋

影富士が水平線に溶けていく

食後に外へ出ると、富士山の東側にある御殿場ルートならではの光景が待っていました。夕陽に照らされて伸びる、富士山自身の影。影富士です。

富士山の東側に伸びる影富士 御殿場ルート赤岩八合館からの夕景

きれいな形をした独立峰だからこそ現れる姿で、他の山ではなかなかお目にかかれません。ぼんやり眺めていると30分はあっという間に過ぎ、影は夕陽に染まった赤い雲へ伸びて、水平線に溶けていきました。

夕陽に染まる雲海と水平線に溶けていく影富士 富士山御殿場ルート

翌日は台風13号の接近で荒天予報。山頂は厳しそうです。それでも夜のうちに風雨の弱まる時間帯がありそうだったので、いつでも出られるよう荷物を整え、1時間ごとに無音のアラームをセットして早々に眠りました。

深夜1時、雲が晴れた——山頂へのピストン

繰り返しのアラームで目を覚ますと、それまでとは外の気配が違います。そっと表に出ると雲が晴れ、眼下に街の夜景が広がっていました。

富士山赤岩八合館から見た深夜の街の夜景 台風接近の合間に晴れた夜空

狙うならいましかない。レインウェアを羽織り、アタックザックを背負って、初めて使うヘッドランプの灯りを頼りに歩き始めました。

幸い風雨は弱く、生まれて初めて酸素の薄さを感じながら、ひたすら登ります。そして午前3時、ついに山頂へ。

山頂は、ガスと暴風の世界だった

登山道とは打って変わって、山頂は最悪の視界でした。左が当時、右が3年後にリベンジした快晴の日の、まったく同じ場所です。

富士山頂上浅間大社奥宮の同じ場所の比較 台風接近時のガスと3年後の快晴

同じ石灯籠や看板が立っているとは、にわかに信じられません。せっかく来たのだからと剣ヶ峰を目指し、馬の背に差しかかったところで、風はさらに強まりました。

立っていることすら難しい。

はっきりと命の危険を感じ、その場で撤退を決めました。日本最高地点は、目と鼻の先でした。

安全な山小屋へ引き返します。時間とともに風は強まり、同じ道でもコンディションが悪化していくのが分かりました。意外だったのは、すれ違う人の多さです。山頂でのご来光を目指す登山者が、これだけいるのかと驚きました。

1時間ほどで赤岩八合館に帰り着くと、スタッフの方が声をかけてくれます。

冷えた体に、山小屋の温かさが染みました。

山小屋から見上げた、諦めていたご来光

お茶をいただきながら外でぼんやりしていると、空が赤く焼け始めました。

富士山赤岩八合館から見た朝焼けと雲海 御殿場ルートの夜明け

5時をまわる頃、雲海の向こうから太陽が顔を出します。

雲海から昇る太陽 富士山赤岩八合館から見たご来光

朝日を浴びた富士山の赤い砂礫は、モルゲンロートでさらに赤く染まりました。火星にでも立っているような錯覚を覚える光景です。

朝日に赤く染まる富士山の砂礫 モルゲンロートの御殿場ルート

荒天予報にすっかり諦めていたので、山頂からではないにせよご来光を拝めたのは望外でした。初めて山で迎える朝。危険な登山をしてしまったのに無事に生きていられたこと、そしてそれをつい忘れそうになるほどの美しさに、自然と涙がこぼれました。

この記憶があるから、私はいまも山に登っています。それでも、あの日の判断が正しかったことにはなりません。

暴風の中を下る

朝食のあとは、外に出るのが億劫でしばらく山小屋のこたつで暖をとっていました。

富士山赤岩八合館の室内とこたつ 荒天の朝の山小屋

とはいえ台風は近づく一方で、状況は待つほど悪くなります。重い腰を上げて6時30分に下山を開始しました。

人通りの少ない連絡路は、ガスと暴風で少し怖くなる景色でした。当時の様子がこちらです。

音が出ます。風の音がそのまま入っているので、音量を下げてから再生してください。

下山時の連絡路。数十m先が見えないガスと、マイクが割れるほどの風。奥に見える斜面以外、方向を示すものが何もない状態でした。

視界が数十mまで落ち、風の音でほとんど何も聞こえません。ここで道を見失っていたらどうなっていたか、いま見返すとぞっとします。

富士宮ルートに合流すると人が増え、下るにつれて視界も晴れていきました。

富士山富士宮ルートの下山 ガスの下に抜けて視界が晴れていく登山道

風でバランスを崩さないよう、岩場の多い富士宮ルートを慎重に下ります。8時、五合目付近まで下りきると空はすっかり晴れ、虹まで出ていました。

富士山五合目付近から見た虹と雲 台風接近前の晴れ間

下界だけを見れば、穏やかな夏の朝です。同じ時刻、同じ山にいながら、見えている世界がまるで違いました。

あの日、空で何が起きていたのか

ここからは、当時の気象データを見ながら振り返ります。感覚ではなく記録で確かめると、自分がどれだけ危ういところにいたかがはっきりします。

気象庁の日々の天気図 2018年8月7日と8日 台風13号の接近を示す天気図

まず前提として、2018年8月は台風の当たり年でした。月間9個の発生、日本への接近7個は、いずれも統計開始以降3位タイの多さです[1]

その直前、7月25日に発生した台風12号は、日本列島を東から西へ逆走するという極めて異例の進路をたどっています。三宅島付近から東海沿岸を西へ進んで7月29日未明に三重県伊勢市付近へ上陸し、そのまま西日本を横断していきました[2]。私が登る10日ほど前に、富士山の南側を台風が通過していたことになります。

そして8月3日に発生した台風13号が、私の登山にちょうど重なりました。天気図が示すとおり、8月8日9時の時点で中心気圧970hPaの強い勢力を保ったまま関東の南にあります。当時の予報は、8日夜遅くから9日にかけて、暴風域を伴って関東・東北太平洋側にかなり接近するというものでした[3]

つまり私が下山した8月8日の朝は、台風の最接近より前だったことになります。それでも山頂部では、行動が続けられないほどの風とガスに遭っていました。

同じ日の朝、麓では笠雲をまとった富士山と、その脇に虹が出ていたことが記事になっています[4]。下界からは、賑やかで美しい夏の空に見えていたわけです。私はちょうどその雲の内側にいて、ガスと風に飲まれていました。

いまの私が、あの日の自分に伝えたいこと

当時の経験が無駄だったとは思っていません。悪天候の山の実態を身をもって知り、危機管理の物差しができたのは事実です。それでも、いまの私があの日の私に会えるなら、間違いなく計画の見直しを促します。理由は3つあります。

1. 撤退すべき地点は、山頂ではなく登山口だった

私が撤退を決めたのは馬の背でした。しかし本当に見直すべきだったのは、山頂を目指すかどうかよりそもそも富士山に踏み入るかどうかです。

判断のタイミングは、遅くなるほど選択肢が減ります。五合目なら「観光して帰る」を選べました。馬の背では「立っていられるかどうか」しか残っていません。判断は、選択肢がたくさんあるうちに下すものです。

なお、小屋を予約していたこと自体が判断を鈍らせた面もあります。この「予約が撤退を重くする」問題は、富士山の弾丸登山はなぜ危険かでも扱いました。

2. 富士山は観光地ではなく、世界的にも特殊な高峰である

整備された登山道、たくさんの山小屋、シャトルバス。富士山には観光地の顔があり、当時の私もその印象に引っ張られていました。

けれど実際には、3,776mの独立峰が単独でそびえる山です。五合目から上はほぼ森林限界を超えていて、風を遮る木も、隣に連なる尾根もありません。だから稜線に出た瞬間、風がまともに当たります。危険の質が他の山と違うということを、私は馬の背で初めて理解しました。ルートごとの性格の違いは富士山4ルートの比較に、装備の考え方は富士山の服装・レイヤリングにまとめています。

3. ひとりで挑む前に、撤退を知っている人と登るべきだった

あの日は、ソロ登山デビューでもありました。判断を相談できる相手が、ひとりもいなかったということです。

撤退の判断は、知識だけではなかなか身につきません。経験者が「今日はやめよう」と口にする場面に立ち会うことが、何よりの教材になります。悪天候での経験値を積みたいなら、私は順番を逆にすべきでした。

まとめ:あの日の失敗から持ち帰ってほしいこと

台風接近下の富士山で私が学んだことを、あらためて整理します。

台風接近の富士山登山で撤退した失敗談を4コマ漫画でおさらい 予約や有給は登れるかの判断材料にならない・行けるところまでは戻る条件を決めていないのと同じ・足場が動くと踏ん張れない・戻る条件は時刻と地点と現象で出発前に決める

  • 予約・休暇・交通費は、登れるかどうかの判断材料にならない。すでに払ったコストではなく、これから起きることだけで決める
  • 「行けるところまで」は撤退条件を決めないことと同じ。時刻・地点・現象の3つで、戻る条件を出発前に言葉にしておく
  • 雲を抜けた青空や、他の登山者の存在は安全の根拠にならない。麓の空模様と山頂部の天気は別物
  • 標高が上がるほど、判断力そのものが落ちる。登りながら考える前提の計画を立てない
  • 判断は選択肢が多いうちに下す。登山口での中止と、稜線での撤退では、安全余裕がまるで違う
  • 悪天候の経験値は、撤退を知る人と一緒に積む。ソロで学ぶには代償が大きすぎる

あの日の私は運が良かっただけでした。それでも影富士やご来光の記憶は、いまも鮮明に残っています。山の美しさは、無事に帰ってきた人だけが持ち帰れるものです。

次にあなたが微妙な予報を前に迷ったとき、この失敗談が「やめておこう」と言うための材料になれば、あの2日間にもようやく意味が生まれます。安全な計画で、また山に行きましょう。

参考文献

  1. 気象庁 2018. 日々の天気図 2018年8月(No.199). 気象庁ホームページ.
  2. ウェザーニュース 2018. 異例の進路を辿った台風12号 詳しいコースと要因を振り返る(2018年8月1日配信).
  3. 日本気象協会 2018. 8日 台風13号 強い勢力で関東に接近(tenki.jp・2018年8月8日配信).
  4. ウェザーニュース 2018. 雲を纏う富士山 吊るし雲&虹の共演も(2018年8月8日配信).