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富士山の下山で待っている、長い長い砂の斜面。
「一歩で3m進める」と聞いてわくわくする一方、転ばないか、膝は持つのかと不安ではありませんか。
答えを先に言うと、砂走りは膝への衝撃がやわらぐ下り方です。砂が沈み込んで、着地の衝撃をゆるめてくれます。ところが、膝が楽になった分の負担は消えたわけではありません。転倒のリスクと、全身の消耗に置き換わっています。
私は理学療法士(PT)として10年以上、膝や足首の痛みを診てきました。登山では140座以上に登り、富士山ではプリンスルートで大砂走りも下っています。そのうえで研究データと自治体の公式情報を調べ直すと、この「置き換わり」を読み解くヒントがいくつも見つかりました。
この記事では、砂走りで体に何が起きているのかと、その対策を順番に整理します。読み終えるころには、砂走りが「怖い区間」でも「ただ楽しい区間」でもなく、準備すれば気持ちよく下れる区間に変わっているはずです。
砂走り・大砂走りはどこにある?
富士山で砂の下山道があるのは、須走ルートと御殿場ルートの2つです。

須走ルートの砂走りは、公式サイトによれば標高差が約700m。細かな砂礫を滑るように下れる名所とされています[1]。
御殿場ルートの大砂走りは、規模がさらに大きくなります。御殿場市の公式ページは、下山道の七合目から太郎坊までを「厚い火山灰地」と表現し、約7kmにおよぶ火山灰地を、一歩で3m余りも下れると説明しています[2]。富士登山オフィシャルサイトのモデルプランでは「火山砂礫を約5km駆け下る」とされており、どこからを大砂走りと数えるかで距離の表現に幅があります[3]。

いずれにせよ、数kmにわたって砂の斜面が続くと考えておけば間違いありません。普通の登山道の下りとは、まったく別物の時間が待っています。
膝への衝撃は、確かにやわらぐ
まず、うれしいほうの話から。
普通の下山道では、着地のたびに膝が深く曲がりながら全体重を受け止めます。このとき膝のお皿と大腿骨のあいだの関節にかかる圧力は、平地歩行の3〜4倍に達すると報告されています。下りで膝が痛くなる仕組みは下りで膝を守る歩き方で詳しく解説しました。
砂の斜面では、この着地が変わります。足が沈み込むぶん、体が止まるまでの距離が長くなるからです。
ただし、ここは正確に押さえておきたいところです。柔らかい地面が減らすのは「衝撃の大きさ」そのものではなく、「衝撃の立ち上がりの速さ」のほうです。ランナーを対象にした研究では、柔らかいミッドソールや柔らかい路面は荷重の立ち上がり速度を下げ、衝撃のピークが現れる時刻を遅らせた一方で、ピークの大きさ自体は有意には変わりませんでした[6]。
膝や関節が嫌がるのは、この「鋭さ」のほうです。同じ力でも、ガツンと来るか、じわっと来るかで体の受け止め方は変わります。砂走りで膝が楽に感じるのは、気のせいではありません。
ただし、楽に感じることと、膝が痛くならないことは別です。変わるのは着地の質であって、下りそのものの負担が消えるわけではないからです。

それでも脚は削られる|傾斜と速度が負担を決める
膝への衝撃が和らいでも、急な下りであるという事実は変わりません。
下りでは、筋肉が伸ばされながら力を出す遠心性収縮が続きます。車のブレーキと同じで、この使い方は筋肉が傷つきやすい。そして厄介なことに、この負担は、傾斜が急になるほど増えていきます。
歩行のシミュレーション研究で、下肢35の筋肉が「ブレーキとして使われた量」を計算した結果があります。水平歩行とくらべると、こう増えました[8]。
| 傾斜 | 遠心性収縮の増加 |
|---|---|
| −3° | 13%増 |
| −6° | 19%増 |
| −9° | 32%増 |
傾斜と増加分はきれいな比例ではありませんが、急になるほど増えるという向きははっきりしています。大砂走りには、これより急な区間もあります。砂がクッションになっても、下りの仕事量そのものが減るわけではありません。

では、その筋損傷の大きさは何で決まるのか。下り走の総説は、傾斜・運動時間・速度の3つを主な影響因子として挙げ、下りに慣れていない人ほど筋損傷が大きくなると結論づけています[9]。これは走る研究なので、歩きにそのまま当てはめることはできません。それでも傾斜・時間・速度の3つが負担を決めるという構図は、歩きでも参考になります。
回復にかかる時間の目安もあります。下り走の実験では、走ったあとに最大筋力が中等度低下し、もとに戻るまで4日かかりました。血中のCK値、大腿の腫れ、筋肉痛も同じころに解消しています[10]。実験室の条件なので大砂走りで同じ日数になるとは限りませんが、数日単位で残ることがあるとは知っておいて損はありません。
なぜこんなに疲れるのか|砂そのもののコスト
砂走りを下り終えた人が口をそろえて言うのが、「膝は平気なのに、なぜかどっと疲れた」という感想です。
これには、はっきりした理由があります。砂の上を移動すること自体が、硬い地面より高くつくのです。
同じ速度で砂の上と硬い路面を比べた研究では、砂の上を歩くのに必要な仕事は1.6〜2.5倍、代謝エネルギーは2.1〜2.7倍に達しました[11]。平らな砂地での実験なので、富士山の下りでこの倍率になるわけではありません。それでも砂そのものに割増がかかることは、はっきりしています。
理由は単純で、足が砂を押しのける仕事が丸ごと上乗せされるからです。加えて、足が沈む地面では歩行のリズムがうまくつながらず、エネルギーの受け渡しがうまくいきません。柔らかい地面を使った研究でも、股関節と膝まわりの筋肉の仕事が増えることが示されています[12]。砂の上を走ったときの筋電図では、ハムストリングス・大腿四頭筋の活動が増えていました[13]。
さらに、足元が不安定な地形では体の使い方そのものが変わります。不整地を歩く健常者は、腰を落とし、足を着いているあいだは筋肉を固め、足を前に運ぶときはつま先を高く上げるという3つの反応を自動的に行います[14]。安定を保つための賢い反応ですが、当然ながら余分な筋活動を伴います。

「気合いが足りないから疲れる」のではありません。砂の上では、誰でも余分に働いています。そう分かっていれば、行動食と水を早めに口にする判断ができます。
優先して備えたいのは転倒|「滑りやすい」と「止まりにくい」が重なる
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
砂走りで最初に備えたいのは膝ではなく、転倒です。2つの要素が、同じ場所で重なるからです。

ひとつは、緩い砂礫は接地の信頼性を下げること。踏んだ場所が動くので、足が地面をつかんでいる保証がありません。
もうひとつは、下りは必要な摩擦力が上がること。斜面を下るときはブレーキの要求が高まり、必要な摩擦係数が大きくなります。靴と地面のあいだの摩擦がそれに届かなければ、滑りが起きます[15]。

つかみにくい地面で、より強くつかむ必要がある。砂走りは、この2つが重なる場所です。だからこそ、富士登山オフィシャルサイトも大砂走りについて「砂の斜面を豪快に滑降できますが、スピードコントロールが難しいので無理せず下山しましょう」と明記しています[1]。
転倒は軽視できません。警察庁の統計では、令和7年の山岳遭難者3,623人のうち、転倒が19.2%、滑落が17.3%を占めました。両者を合わせると全体の3分の1を超えます[16]。これは全国すべての山を合わせた数字で、砂走りに限った統計ではありません。それでも、転倒と滑落が事故の主要な形であることは押さえておきたいところです。
ここで、歩き方について知っておきたい研究があります。
下り歩行の実験で、参加者が慎重にそろそろと下ったときの歩き方を調べたところ、これまで「転びやすい人の特徴」とされてきた歩き方と、よく似たパターンが現れました[17]。
大事なのは、この読み取り方です。慎重に歩くと転ぶ、という意味ではありません。縮こまった歩き方は、その人が足元に不安を感じているサインとして出ている可能性がある、ということです。原因ではなく結果のほうだ、と考えると分かりやすいと思います。
裏を返せば、歩き方だけを整えても、不安の原因そのものは残ったままです。そして砂走りで足元に不安を覚えるいちばんの原因は、たいてい速度です。
歩き方を整えるのは大切ですが、それ以上に確実なのは速度そのものを落とすことだと考えてください。
PT視点|砂走りの下り方5つ
ただし、正解の形はひとつではありません。砂の質・傾斜・靴・慣れによって変わります。まずは小さく試して、滑る、あるいは沈みすぎると感じたら、歩幅と速度をさらに落とす。これを土台にしたうえで、次の5点を目安にしてください。上から順に、体の上のほうから下へ並べています。
- 視線は足元ではなく、数メートル先へ置く。足元だけを見ていると斜面の変化や分岐の標識を見落とします。
- 上体を起こしすぎない。腰が引けると重心が後ろに残り、足だけが前へ滑って尻もちにつながります。前傾は「腰を引かない」程度で十分です。
- ストックは突き刺さず、バランスの補助に使う。砂に深く刺さると体が置いていかれます。
- 歩幅は欲張らず、リズムを一定に保つ。一歩の距離より、同じテンポで刻み続けるほうが姿勢を保てます。
- かかとから入り、足裏全体で砂を踏み潰すように着地する。つま先から入ると砂の上を滑って前に流れます。

砂と砂ぼこりの対策|ゲイター・マスク・サングラス
富士登山オフィシャルサイトは、砂走りと大砂走りの両方について、砂埃対策としてゲイター・マスク・サングラスを挙げています[1]。この3点は、快適さのためだけの装備ではありません。

ゲイターは靴擦れ対策そのもの
砂走りでは、靴の中に大量の火山砂礫が入ります。数十分ごとに立ち止まって砂を出すことになり、それだけでペースが崩れます。
ただ、本当の問題は面倒さより靴擦れです。
対策そのものは3つだけです。砂を入れない。濡れた靴下は替える。違和感を覚えた時点で止まって確認する。なぜこの3つなのかは、靴擦れができる仕組みを知ると腑に落ちます。
靴擦れの仕組みは近年、見直されています。2024年のレビューは、従来の「熱・湿り・摩擦」という説明の限界を指摘し、水疱をつくる本体は皮膚の内部で繰り返されるずれ変形だと整理しました。要素は3つで、①骨の動き、②高い摩擦力、③そのずれの反復です。表面がこすれること自体は、水疱形成の仕組みではないとまで書かれています[18]。
靴の中の砂は、この3要素をきれいに満たします。摩擦を上げ、一歩ごとにずれを反復させるからです。しかも下りは歩数が多い。

さらに、皮膚が湿ると水疱ができやすくなることも実験で確かめられています。足を水に浸して皮膚表面の水分量を上げた側では、荷重をかけたときの温度上昇が有意に大きくなりました[19]。この温度の上がり方は、皮膚にかかっているずれの大きさを映す指標として使われています。汗をかいた足に砂が入る状況は、条件がそろいすぎています。
必携ではありませんが、富士山ではコストパフォーマンスが高い装備です。ほかの持ち物とあわせて確認するなら富士登山の装備チェックリストをどうぞ。持ち物の抜けを画面上でチェックしたい人は装備チェックリスト(ツール)が便利です。
マスクとサングラスは「密着」が肝心
砂ぼこりの対策も、公式が挙げているとおりです。
火山灰は、粒の大きさと成分によって扱いが変わります。レビューによれば、細かい粒子は気道の奥まで届き、急性の刺激や咳、ぜんそくや気管支炎の悪化につながります。ぜんそくなど呼吸器の持病がある人はとくに影響を受けやすいとされています[20]。国際的な保健機関の資料も、布で口を覆うだけに頼らず、密着する粉じん用のマスクを使うことを勧めています[21]。
大砂走りは長時間、砂ぼこりの中を進む区間です。持病のある人、そして小さな子ども連れの場合は、余分に慎重で構いません。目についても同じで、コンタクトレンズの人ほどサングラスかゴーグルの効果を実感できます。
意外な落とし穴|砂走りは目印が少ない
最後に、体の話ではないリスクをひとつ。道迷いです。
警察庁の統計では、山岳遭難の態様別で道迷いが30.9%と最多でした[16]。砂の斜面は開けていて見通しがよい半面、目印になる地形が乏しく、ガスが出ると一気に方向感覚を失います。

富士登山オフィシャルサイトは、4つのルートで案内標識が色分けされていること、そして分岐で自分のルートの色を確認することを呼びかけています。色は吉田ルートが黄、須走ルートが赤、御殿場ルートが緑、富士宮ルートが青です。上の写真の道標にも、御殿場ルートを示す緑の帯が入っています。御殿場ルートについては、六合目の下降点が分岐(左が新五合目方向、右が宝永火口方向)だと名指しで挙げられています[22]。
御殿場市の公式ページも、「富士山は、登山道以外のところでも一見上れるように見えますが、落石をおこすなど大変危険ですので、必ず登山道を歩きましょう」と書いています[2]。砂の斜面はどこでも下れそうに見えるだけに、この一文は重く受け止めたいところです。

下る前にできる準備|「下りの予行演習」
ここまで読んで身構えた人に、いちばん割のいい準備をお伝えします。
本番より前に、短い下りを経験しておくことです。
下り走の総説は、さまざまな対策のなかで事前に下りを経験しておくこと(prior exposure)が最も効果的だと結論づけています。着圧ウェアや特定の靴といったその場の対策は、有効性がまだ確定していません[9]。
具体的な方法は下りで膝を守る歩き方にまとめました。本番の1週間ほど前に短い下り坂を5分歩いておくだけでも、当日の筋損傷が軽くなることが示されています。筋肉に予行演習をさせておくイメージです。

大腿四頭筋そのものを底上げしたい人は膝痛を防ぐ自宅トレーニングを参考にしてください。低い段差からの片脚下ろしが、下りに必要な筋の使い方を直接鍛えられます。
まとめ:砂走りは「膝が楽な下り」であって「楽な下り」ではない
- 砂走り・大砂走りは膝への衝撃がやわらぐ。柔らかい地面は荷重の立ち上がりを緩めてくれる。ただし痛くならない保証ではない
- 減るのは衝撃の鋭さで、下りの仕事量そのものは傾斜が急になるほど増える。回復に数日かかることもある
- 砂の上を進むこと自体が高くつく。実験では硬い地面の2倍以上のエネルギーを使うので、行動食と水は早めに
- 優先して備えたいのは転倒。つかみにくい地面と、下りで高まる摩擦の要求が重なる。歩き方より先に速度を落とす
- ゲイター・マスク・サングラスは快適さのためだけの装備ではない。靴擦れと気道を守る装備でもある
- 砂の斜面は目印が少なく、分岐を見落としやすい。標識の色と分岐の数を事前に把握しておく
- いちばん割のいい準備は、本番前に短い下りを歩いておくこと
一歩で数メートル進む感覚は、ほかの山ではまず味わえません。準備と速度さえ間違えなければ、砂走りは富士山でいちばん記憶に残る時間になります。膝をかばいながら長い下山道を耐えるのではなく、笑いながら下って、翌日も元気でいられる。そんな下山にしてください。
参考文献
- 静岡県・環境省ほか. 各登山口と登山ルートについて. 富士登山オフィシャルサイト. https://www.fujisan-climb.jp/comparison-of-routes/
- 御殿場市. 富士登山. 御殿場市公式ホームページ. https://www.city.gotemba.lg.jp/appeal/appeal-1/28.html
- 静岡県・環境省ほか. 御殿場ルートのモデルプラン. 富士登山オフィシャルサイト. https://www.fujisan-climb.jp/modelplan-gotemba/
- 静岡県. 静岡県各3登山口における登山規制の実施. 静岡県公式ホームページ. https://www.pref.shizuoka.jp/kankosports/kanko/mtfuji/1002809/1072062.html
- 静岡県・環境省ほか. 登山シーズン:各施設の供用期間. 富士登山オフィシャルサイト. https://www.fujisan-climb.jp/season/
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- Grant B, Charles J, et al. 2022. Why does the metabolic cost of walking increase on compliant substrates? Journal of the Royal Society Interface.
- Pinnington HC, Lloyd DG, et al. 2005. Kinematic and electromyography analysis of submaximal differences running on a firm surface compared with soft, dry sand. European Journal of Applied Physiology.
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- 静岡県・環境省ほか. 道迷いに注意. 富士登山オフィシャルサイト. https://www.fujisan-climb.jp/avoid-getting-lost/