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山小屋を予約したあとで、「雑魚寝でほとんど眠れないらしい」と聞いて不安になっていませんか。
先に結論を書きます。高所で眠りが浅くなるのは、体質や気合いだけの問題ではありません。 標高が上がると多くの人で呼吸と眠りが変わることは、睡眠ポリグラフを使った研究で確かめられています。そして、眠りやすさは前夜の過ごし方でいくらか変えられます。
私は理学療法士(PT)として10年以上、患者さんの体を見てきました。登山は140座以上、富士山には2回、どちらも標高3,300mの小屋に泊まっています。1回目は自分ひとり、2回目は登山初心者の友人を連れて行きました。私はよく眠れましたが、友人はあまり眠れませんでした。 この差がどこから来たのかを、研究データと突き合わせて整理します。
読み終わるころには、「眠れなかったらどうしよう」という不安が、「眠れなくてもこう動けばいい」という具体的な段取りに変わっているはずです。

高所では、眠りが浅くなるのが普通のこと
まず押さえてほしいのは、標高が上がると多くの人で眠りが変わるということです。眠れないことを自分の弱さだと思う必要はありません。
標高2,590mでも、呼吸と眠りは変わっていた
スイスの研究チームが、低地に住む健康な男性51人を対象に無作為化試験をおこないました[1]。標高490mの病院と、1,630m・2,590mの山村に泊まってもらい、それぞれ終夜睡眠ポリグラフで計測しています。
2,590mでの1泊目は、こう変わりました。
- 夜間の平均酸素飽和度が96%から90%に低下
- 無呼吸・低呼吸の回数が1時間あたり4.6回から13.1回に増加
- 深い眠り(徐波睡眠)が24%から21%に減少
睡眠時無呼吸が増えたのは、のどが塞がるタイプではなく、呼吸そのものが一時的に止まる中枢性のものでした。標高が上がると体は酸素を求めて呼吸を強めますが、その結果として二酸化炭素が下がりすぎ、呼吸を出す指令が一時的に途切れます。強い呼吸と休止が交互に現れるこの状態を、周期性呼吸と呼びます。
注目したいのは個人差の大きさです。同じ2,590mでも、1時間に100回を超える人がいました。友人が眠れず私が眠れたのも、この幅の中の話だったのだと思います。
4,559mでは、変化がはっきり大きくなる
同じ研究グループが、標高4,559mの山小屋でも計測しています[2]。健康な登山者16人の1泊目は、次のようになりました。
| 指標 | 標高490m | 4,559m 1泊目 |
|---|---|---|
| 夜間平均の酸素飽和度 | 96% | 67% |
| 無呼吸・低呼吸の回数 | 0.1回/時 | 60.9回/時 |
| 睡眠効率 | 93% | 69% |
| 深い眠り(徐波睡眠) | 18% | 6% |
| 浅い眠り(NREM1-2) | 73% | 91% |
深い眠りが3分の1に減り、夜のほとんどが浅い眠りに置き換わっています。 標高が上がるほど変化が大きくなることが、これではっきりします。
富士山の小屋は、この2つの標高のあいだにある
富士山の山小屋は、多くが標高3,000mから3,400mの範囲にあります。2,590mの穏やかな変化と、4,559mの大きな変化の、あいだの標高帯です。
正直に書くと、富士山の小屋そのもので睡眠ポリグラフを取った研究は見つけられませんでした。標高が上がるほど変化が単純に比例して大きくなる、と2つの研究だけで言い切ることもできません。言えるのは「睡眠に変化が起きうる標高帯にある」ということまでです。
そして、その程度は一律ではありません。個人差、小屋の環境、その日の登り方によって変わります。

「息が止まるから目が覚める」わけではない
ここで、よくある誤解をひとつ解いておきます。

周期性呼吸で息が止まるたびに目が覚めている、というイメージを持つ人は多いはずです。しかし実際に覚醒につながっていたのは、無呼吸・低呼吸のうち11%だけでした[2]。9割近くは、目を覚まさないまま過ぎています。
さらに興味深いのは、3泊目のデータです。3日過ごすと深い眠りは部分的に回復し、覚醒の回数も減ったのに、無呼吸・低呼吸の回数はむしろ増えていました[2]。研究者たちはここから、高所の睡眠障害は周期性呼吸そのものより、低酸素そのものによると結論づけています。
要するに、息苦しさを感じないからといって、眠りが深いとは限りません。 そして逆に、多少息が乱れても、それだけで眠れなくなるわけでもない。呼吸の乱れを気にしすぎないほうが、結果的に休めます。
富士山の小屋には、時間の問題もある
生理の話に加えて、富士山特有の事情があります。そもそも眠れる時間が短いのです。
19時に布団、1時起床
私の2回目は、こうでした。日が暮れると小屋の中はやることがなくなり、19時すぎには布団に入っていました。 周りもだいたい同じで、実際に寝ついたのは20時ごろだったと思います。
ご来光を狙って余裕を持たせたかったので、起床は1時。寝る前に支度を済ませていたので、起きてすぐ出発できました。
横になっていた時間は6時間ほど。ただし横になれた6時間すべてを、眠れる時間として見込まないほうがいいと思います。高所では眠りが浅くなるうえに、登った日は疲労も興奮もある。条件は良くありません。
1泊だけ、というのがいちばん厳しい
そしてここが、富士山の小屋泊で見落とされやすい点です。
さきほどの4,559mの研究では、3泊目に深い眠りが部分的に回復し、覚醒も減っていました[2]。ただし深い眠りは6%から11%に戻っただけで、低地での18%には届いていません。2,590mの研究でも、2泊目は1泊目より酸素飽和度が上がり、呼吸の乱れが減っています[1]。
つまり、泊まり続ければ体は少しずつ慣れていく。完全には戻らないとしても、方向としてはそうです。
ところが富士登山の小屋泊は、殆どの人が1泊。つまり、順応が効き始める前の、いちばん条件の悪い夜だけを経験して下山することになります。
なお、この研究の対象は健康な登山者16人です。富士山に1泊する人にそのまま当てはまる数字ではありません。 傾向を示すものとして読んでください。

眠るための準備は、寝る前から始まっている
ここからが本題です。生理の変化は止められませんが、それ以外の妨げは減らせます。
2回目の富士山で私が実際にやったことを挙げます。特別な道具はほとんど要りません。

体をふいて、着替える
ボディシートで体を拭き、1日目に着ていた服から着替えました。 ドライシャンプーで髪のベタつきも取っています。
地味ですが、これがいちばん効いた実感があります。汗を吸った服のまま横になると、冷えるうえに肌がべたついて、そのたびに意識が浮上します。標高だけでなく、不快感も寝つけない大きな要因になり得ます。 そして不快感のほうは、自分で減らせます。
汗をかいたまま寝ると、体が冷えて中途覚醒を招きます。着替えは防寒対策でもあります。
枕の高さをつくる
着替えを入れたスタッフバッグを枕にして、高さを調整しました。
山小屋の枕は自分の体に合うとは限りません。低すぎると首が反り、高すぎるとあごが引けて息苦しくなります。普段自宅で寝ているときの首の角度に近づけるのが目安です。
頭を高くすると呼吸が楽になるという話は、いびきや閉塞性の無呼吸ではよく言われます。ただし高所の周期性呼吸に効くという証拠は、今回調べた範囲では見つかりませんでした。 ここは「治療」ではなく「楽に感じる姿勢をつくる」ための工夫として受け取ってください。
寒さ対策は「寒いかどうか」より「着ているかどうか」
寒さを感じないよう、十分に重ね着して眠りました。
ここは調べてみて、思っていたのと少し違いました。温熱環境と睡眠をまとめた総説によると、寝具や衣服を使っている状況では、寒さは睡眠段階そのものを乱さないとされています[5]。「寒いと眠れない」と単純には言えないのです。
ただし同じ総説は、こうも述べています。
つまり、寒い環境そのものが問題なのではなく、それに対して着ているかどうかで結果が分かれるということです。着ていれば眠れる。着ていなければ、寒さは暑さより強く眠りを壊す。
小屋の布団は共用で、両隣との位置関係によっては肩や背中が出ます。ダウンやフリースは、山頂で着るためだけでなく、寝るために持っていく装備だと考えてください。「寒くなったら着よう」ではなく、最初から着て横になるほうが理にかなっています。
服の選び方は富士山の服装と重ね着にまとめてあります。
耳栓とアイマスク──いちばん証拠が強いのはこれ
両方とも持参しました。 そして調べた結果、この記事で紹介する対策のなかで、いちばん強い裏づけがあるのがこの2つでした。
集中治療室での睡眠を扱った系統的レビュー・メタ解析があります。35の研究・2,687人を統合したもので、睡眠ポリグラフで測った研究では次の結果が出ています[6]。
- 総睡眠時間が増えた
- 睡眠効率が上がった
- REM睡眠が増えた
- 中途覚醒と覚醒指数が減った
対象は入院患者なので、そのまま登山者に当てはまる数字ではありません。 ただし「自分では止められない音と光のなかで眠らなければならない」という条件は、集中治療室と山小屋でよく似ています。環境の刺激を物理的に遮ることには、それだけの効果があると考えてよさそうです。
雑魚寝では、他人のいびき、寝返り、深夜に出発する人のヘッドランプ、荷物を探す音が続きます。どれも自分では止められません。止められないものは、遮る。 軽くて小さく、他に使い道がないぶん忘れやすいので、持ち物リストに入れておいてください。
ヘッドランプは「赤色灯があるか」で選ぶ
小屋泊のヘッドランプ選びには、日中の登山とは別の基準があります。赤色灯に切り替えられるかどうかです。
夜中にトイレへ行くとき、深夜に早立ちの支度をするとき、白色灯をつければ周りの人の顔を直撃します。消灯後の小屋でこれをやると、確実に何人か起こします。かといって真っ暗ななかで支度をするのは、現実には難しい。 荷物は見えず、靴も履けません。
赤色灯なら、手元を確認できるだけの明るさがありながら、周りの人のまぶしさをかなり抑えられます。
私が使っているのは、この機能があるモデルです。
前の章で書いたとおり、耳栓とアイマスクで自分が受ける刺激は減らせます。赤色灯は、自分が周りに与える刺激を減らすための装備です。雑魚寝の夜は、その両方があって成り立ちます。
飲み物の扱いは、少し悩ましい
高所では水分を多めに取るのが基本です。ただし寝る直前に大量に飲むと、夜中にトイレで起きます。 富士山の小屋のトイレは外にあることが多く、一度出ると体が冷えて寝つきが遠のきます。
夕方までにしっかり飲み、就寝前は少量にとどめるのが折り合いのつけ方です。
アルコールは避けてください。 寝つきは良くなったように感じますが、呼吸を抑える方向に働くため、ただでさえ酸素が足りない環境では不利です。米国CDCの高所旅行の指針でも、高所に入って最初の48時間はアルコールを避けることが推奨されています[8]。富士山の小屋泊は、まるごとこの48時間に入ります。
高所の飲酒で呼吸や睡眠に何が起きるのか、そして翌朝の判断がどう鈍るのかは、登山の飲酒リスクで研究データをもとに詳しくまとめました。
カフェインは、少し注意が必要です。健康な人を対象にした試験では、就寝6時間前に摂ったカフェインでも、総睡眠時間が1時間以上短くなりました[7]。夕方のコーヒーは、思っているより夜に響きます。
ただし普段からカフェインを飲んでいる人が、この日に限って急にやめるのは逆効果です。CDCは、離脱による頭痛が高山病の頭痛と紛らわしくなるため、常用者は続けるよう勧めています[8]。
まとめると、こうなります。普段飲む人はやめない。ただし飲む時間を早める。 昼までに済ませて、夕方以降は控えるのが現実的な線です。
眠れなくても、横になっている価値はある
それでも眠れない人はいます。2回目に同行した友人がそうでした。
本人によれば、いつもと違う環境そのものが眠りを妨げていたとのことでした。見知らぬ人と並んで寝ること、狭いこと、音。私たちの場合は、標高だけが理由ではなかったようです。
ここで伝えたいのは、眠れないこと自体を問題にしすぎないほうがいいということです。「眠らなければ明日が危ない」と考えるほど目が冴えるのは、高所でなくても起きます。暗い中で目を閉じて静かに横になることには意味があります。 眠れた時間を数えるのはやめて、休むことだけ考えてください。
ただし、休息と睡眠は同じではありません。 横になっていれば睡眠不足による疲労が消えるわけではないので、翌朝の行動は次の章のように慎重に決めてください。
ひとつ安心材料もあります。2,590mの研究では、呼吸と眠りが変化していたにもかかわらず、翌日の反応速度や認知機能のテストに低下は見られませんでした[1]。眠りが浅い=翌日必ず判断力が落ちる、と単純には言えないのです。
眠れなかった翌朝、登るか引き返すか
とはいえ、睡眠不足がリスクを上げるのは確かです。最後に、翌朝の判断について書きます。
同行した友人は、最終的には1日目の疲労感で眠れたようでした。 ただし睡眠は足りておらず、私は高山病のリスクを感じました。
結果として強い症状は出ませんでした。 症状がなかったので、慎重に様子を見ながら進み、登り切ることができました。ただ振り返ると、もう少し睡眠が不足していたら症状が出て、引き返していたかもしれません。 紙一重だったと思っています。
ここは誤解のないように書きます。症状が出たあとにペースを落として登り続ける、という意味ではありません。 高山病を疑う症状が出たら、原則は登るのをやめて下ることです。ペースを落とすのは、あくまで症状が出ていない段階での予防です。
そのうえで、このときに私が実際にやったのは次のことです。
- ペースを普段よりはっきり落とす — 眠れていない人に合わせて、隊列全体を遅くする
- こまめに様子を聞く — 頭痛、吐き気、食欲を、本人が言い出す前にこちらから確認する
- 引き返す線を先に決めておく — 「症状が出たらその時点で下りる」と、登り始める前に共有しておく
睡眠不足が体に何をするかは、富士山の弾丸登山はなぜ危険かで詳しく扱いました。高山病そのものの見分け方と対処は富士山の高山病を防ぐ方法にまとめてあります。

まとめ:眠れないことは前提にして、そのうえで整える
- 高所で眠りが浅くなるのは生理的な反応。標高2,590mでも酸素飽和度と深い眠りは低下し、4,559mでは深い眠りが3分の1に減る
- 息が止まるたびに目覚めているわけではない。覚醒につながるのは無呼吸・低呼吸の約1割で、眠りを浅くしている主因は低酸素そのもの
- 富士山の小屋は3,000〜3,400mが中心で、睡眠に変化が起きうる標高帯にある。程度は個人差・小屋の環境・登り方で変わる
- 1泊だけというのがいちばん厳しい。泊まり続ければ体は少しずつ慣れるが、富士山では順応が効き始める前の夜だけを経験する
- 前夜の準備で変えられる部分はある。なかでも耳栓とアイマスクがいちばん証拠が強い(35研究・2,687人のメタ解析で総睡眠時間・睡眠効率が改善)
- 寒さ対策は「寒いかどうか」より「着ているかどうか」。寝具と衣服があれば寒さは睡眠段階を乱さないが、なければ暑さより強く眠りを壊す
- ヘッドランプは赤色灯つきを選ぶ。夜中のトイレや早立ちの支度で、周りを起こさずに手元を確認できる
- カフェインは、普段飲む人はやめない。飲む時間を早める。就寝6時間前でも総睡眠時間は1時間以上短くなるが、急な離脱は高山病と紛らわしい頭痛を招く。アルコールは最初の48時間避ける
- 眠れなくても静かに横になる価値はある。ただし休息と睡眠は別物で、疲労が消えるわけではない
- 翌朝は症状の強さで分けて判断する。ふらつきや受け答えの異常はただちに下降、頭痛に他の症状が重なるなら登らない
眠れないことを避けようとするより、眠れないかもしれないと織り込んで準備するほうが、結果的にうまくいきます。 私が2回とも登れたのは、体質に恵まれたからではなく、寝る前にできることを済ませていたからだと思っています。
不快感を減らす道具は、どれも軽くて小さいものばかりです。持ち物リストにボディシート、着替え、耳栓、アイマスクを書き足すところから始めてください。 その一行が、山頂での体の軽さに変わります。
参考文献
- Latshang et al., 2013. Are nocturnal breathing, sleep, and cognitive performance impaired at moderate altitude (1,630-2,590 m)? Sleep 36(12):1969-1976.
- Nussbaumer-Ochsner, Ursprung, Siebenmann, Maggiorini & Bloch, 2012. Effect of short-term acclimatization to high altitude on sleep and nocturnal breathing. Sleep 35(3):419-423.
- Horiuchi et al., 2016. Prevalence of acute mountain sickness on Mount Fuji: A pilot study. Journal of Travel Medicine 23(4).
- Horiuchi et al., 2018. Impact of Sleeping Altitude on Symptoms of Acute Mountain Sickness on Mt. Fuji. High Altitude Medicine & Biology 19(2).
- Okamoto-Mizuno & Mizuno, 2012. Effects of thermal environment on sleep and circadian rhythm. Journal of Physiological Anthropology 31:14.
- Karimi et al., 2021. The Efficacy of Eye Masks and Earplugs Interventions for Sleep Promotion in Critically Ill Patients: A Systematic Review and Meta-Analysis. Frontiers in Psychiatry 12:791342.
- Drake et al., 2013. Caffeine Effects on Sleep Taken 0, 3, or 6 Hours before Going to Bed. Journal of Clinical Sleep Medicine 9(11):1195-1200.
- CDC. High-Altitude Travel & Altitude Illness. CDC Yellow Book.